転機は突然訪れる




あれから時が流れ、僕は高校を卒業し大学へと進学した。蒼さんとの毎日は相変わらずだが、僕も思春期に入った頃には身近過ぎる異性である蒼さんに、変わらず坊っちゃまと子供扱いされるのが少し照れくさくなり、どうしていいのか分からず会話が減った時期もある。それでも蒼さんは出会った時と同じ優しい笑顔で、そんな僕を見守っていてくれた。

大学は親に決められた方針で経済学部へと進んだ。大学での勉学はそれなりに刺激もあり楽しかったけれど、あくまでここでの4年間はやがてFSCで働くため与えたれた最後のモラトリアムだと認識していた。性格的にもハメを外すような行為は勿論しなかったし、またサークルなどに所属して友達と盛り上がったりということもこれといってしなかった。優秀な学生が集うその大学では、逢坂という苗字を聞きFSCの一人息子だと知ると、卒業後のために不純な動機で関わりを持とうとする学生もいた。いつもの事だと軽く交わし、僕は少しだけ落胆して適当な本を開いてはまた勉学に取りかかった。

このまま、このレールの上を歩いていく事を不満に思っているわけじゃない。というより、他に選べる選択肢は僕にはないと納得しているつもりだった。しかしその反面で「本当に僕はこれでいいのだろうか」と思う時がある。FSCで、何千何万の人を背負って日本の経済を動かすのは、それはそれでやりがいがあるのかもしれない。けれど・・・。

そんな事を考えていた日には、必ず蒼さんがお菓子を作ってくれた。うちに来たばかりの頃、僕がクリームを手助けしてあげたあのお菓子。何も言わずに差し出されるそれは、さすがに上達し最早プロの域に達してきた。まるで「これだけの長い間私は坊っちゃまを見てきましたから、言葉はなくともお気持ちは察しているつもりです」と語りかけているようだった。どちらかと言えば苦手な甘い味に、少し心が溶かされるような気持ちになる。蒼さんも、一生このまま逢坂家で働くつもりなのだろうか?





いつも通り大学から帰宅する途中。





「君、うちの事務所でアイドルを目指さないか?」






声をかけられた。
これは俗に言うスカウトというものだろうか。





「失礼、僕はこういう者だよ。うちの事務所からやがて日本の音楽シーンを変えていけるようなアイドルを育てようと、こうしてスカウトしているんだ。君はまだ誰も気づいていないような才能がある。良かったら、一度事務所で話を聞いてみないかい?」





名刺を読むと、「小鳥遊芸能プロダクション 社長・小鳥遊音晴」と書かれていた。あまり詳しくないがこの世界は普通、社長自らスカウトに出向くだろうか?もしかしたら弱小プロダクションの可能性もある。
親の躾の賜物か、こういう時の上手い断り方は知っていたが、多少大学生活に辟易としていた僕はこの社長について行ってみることにした。何かあればまたその場の機を読んで帰ってくればいい。

着いて行った先、やはりその事務所は弱小プロダクションらしい。芸能プロダクションという華々しさは特になく、ざっと把握した従業員も片手の指で足りてしまう。社長室へ案内される途中通り過ぎたレッスン室では、僕と同じくらいか、または少し年下の少年達がダンスの指導を受けていた。僕もここに混ぜこまれるのだろうか?やがて社長室へ入り、ソファーを案内され座ると、社長さんは今回のスカウトの目的と今後の活動方針について説明を始めた。






「簡単に言うと今説明した通りだよ。何か質問はあるかな?」

「何故、僕なのでしょうか?世の中にはもっと芸能人に向いた、優れた方が沢山いると思うのですが・・・。」

「確かに、突然のスカウトを受ければ誰もが抱く当然の疑問だ。答えは簡単だ。君はいい目をしている。未来を見据えて、照らしていけるような目をね。」

「そんな、とんでもありません。むしろ未来に疑問を抱いて曇ってしまっているのが今の僕です。」

「曇り空というのは、いつまでもは続かないものだよ。風に吹かれて流されて、また開ける時が来るんだ。だからこそ、それを信じて例え雲がかかっても未来を見据えられる瞳を持つことが大切なんだよ。それを君は持っていると僕は思ったんだ。」

「しかし・・・。」

「ハイ、これがさっき説明した内容の資料だよ。ご家族とも相談して、よく考えてみて欲しい。気持ちが固まったら名刺に書かれた番号に連絡をちょうだい。」






両親に相談?
そんなのもう既に返事は決まっているだろう。


「馬鹿な夢を追うのはやめなさい」
「聡のような結末になるに決まってる」


いつだって僕を肯定してくれる蒼さんは何て言うだろうか?音楽が好きで、それなのに音楽を諦めた蒼さんなら・・・。何にしてもまずは家に帰ってから考えようと、畳み掛けのシャツのような気持ちを思考の外へと追い出した。






まさかこれが僕の人生を変えることになるとは、
この時は思いもしなかった。




[ 21/63 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



top
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -