僕の私のお気に入り

蒼さんには何か秘密がある。
それが何なのかまでは把握していないけれど、時々いつものように家の中で蒼さんを探しても何処にも見当たらない時がある。そしてそれはいつも決まって蒼さんが自由に出来る、いわゆる休日だった。僕の家で働く人はみんなそれぞれ決まった休みの日はない。ただ、決められた上限はあれどそれぞれが各々の理由で休日を申請することが出来る仕組みになっているので、蒼さんもそれを利用して何処かへ出かけているようだった。その頻度としては、だいたい月に一、二度くらいだろうか。

広い屋敷の中を方々探していると、ふとこんな声が聞こえてきた。






「蒼ちゃんはまたいつもの場所かい?」

「彼氏との待ち合わせなんじゃないかねぇ?だってホラ、噂だと元々はいい所のお嬢様だったっていうし、年頃なんだものボーイフレンドがいたっておかしくないわよね。」







それは掃除専属のお手伝いさん達の大人の会話。
蒼さんにボーイフレンド?それに、いい所のお嬢様だって?僕は立ち聞きに少々の罪悪感を感じつつも、意を決して聞いてみることにした。





「あのー、蒼さんはいつもお休みの日、何処へ行かれているんですか?」

「あらあら、壮五坊っちゃま。お恥ずかしいお話を聞かれてしまいましたわ。蒼さんはいつも決まってお休みの日にここから一番近くの海へ行かれているそうですよ。」

「海・・・?」






その場を後にした僕は海へ向かった。確信はないけれど、僕の家から近くて日帰りで行けるとなると、大体候補は絞れる。廊下ですれ違った両親には散歩をしてくると軽く伝えて電車に乗る。何故?そんな理由は分からなかったけれど、僕は蒼さんの秘密が、いや、蒼さんのことがもっと知りたかった。それを知った所でどうにかなる訳でもないけれど、まだ子供だった僕はいつも一緒にいてくれる蒼さんをただ独占していたかっただけなのかもしれない。

電車を乗り継ぎ、やがて見えて来る海。
海岸だってあちこちにあるけど、とりあえず乗り換えてから一番近くの海岸のある駅で降りてみる。海水浴シーズンではないため、浜辺の砂がひっそりと息を潜めて波の音を聞いているように静かだった。見回しながら歩いていくと。そこには普段の給仕服とは違って、カジュアルな服装に身を包んだ蒼さんがいた。近寄ろうと歩を進めた時、潮風が綺麗な歌声を運んできた。




『この歌が聴こえたなら 私を思い出して
あなたが寂しい時も 寄り添うでしょう
ただ信じ続けて 負けそうなこの夜にも
あなたを照らす月は 輝き褪せない・・・』





歌声の主は蒼さんだった。
澄んだそのメロディーは、マイクなど無くてもどこまでも響き、バックにオーケストラなんて無くても自然の潮騒を味方にしていた。僕は色んな衝撃を抱えてただその場に立ち尽くしていた。しばらくして、そっとこちらに振り返り、この海岸での静止画を動画に変えたのは蒼さんだった。






「坊っちゃま!?まぁ、何故ここがお分かりに?」

「すみません・・・掃除の方からお聞きして。それより、蒼さん歌がお上手なんですね。」

「ありがとうございます、壮五坊っちゃま。坊っちゃまは歌、お好きですか?」

「はい、音楽が好きです。蒼さんは会ったことないかもしれ無ないけど、僕の叔父さんは売れないミュージシャンをしているんです。逢坂の一族はみんな叔父さんに否定的で、音楽なんて保証の無いものに現を抜かすなと叔父さんを疎遠にしていて・・・。僕も小さい頃はピアノなんかも教養として習わせてもらったけれど、音楽が楽しくて夢中になればなるほど親は厳しく怒って。終いにはアイツみたいになるなとやめさせられてしまったんです。」

「そうでしたか・・・。それはお辛い思いをされましたね。私、これでも昔はそれなりに裕福な家庭で育ち、一応大学では音楽を勉強していたんです。ただ、両親の会社の経営が傾き始めて借金も増えて・・・それをFSCが買収という形で救ってくれました。私も環境的に音楽を続けることは難しかったので、旦那様のお声がけを頂いてこうして坊っちゃまの世話係を務めさせて頂くことになったんです。」






お嬢様だったというのは、本当だったようだ。
それに蒼さんが音楽をやっていたなんて思いもしなかったからとても驚いた。






「逢坂家で働かせてもらう事になった時、旦那様に言われたんです。それまで勉強していた音楽を捨てて、家では決して音楽を忘れろことを約束しろと。そういう理由があったとは知りませんでしたが・・・。でも、音楽を忘れるなんてやっぱり私には出来ません。なので、時々お休みをもらってはこうして海へ歌いに来ていたんです。」

「蒼さんは、辛くないんですか・・・?そんなに大好きな音楽を捨てること。」

「事実私の両親はFSCに救われましたし、大恩人です。それに、逢坂家には壮五坊っちゃまがおります。確かに音楽のない生活は少し寂しい時もあるけれど、何より壮五坊っちゃまがいらっしゃいます。坊っちゃまと過ごす毎日は、私にとっては音楽をしているのと同じくらいとても楽しいものなんですよ。」

「蒼さん・・・。」

「ただ、坊っちゃまには申し訳無いのですが、こうしてここで歌っている事は旦那様には内緒にしてくださいね?私はまだ坊っちゃまと一緒にいたいんです。まだまだもっと、逢坂家で働きたいんです。」

「もちろんですよ、蒼さん。僕だって、蒼さんが解雇なんてされたらとても悲しいですから。」

「フフッ、やっぱり坊っちゃまはお優しいのですね。さ、日も暮れて来ました。そろそろ一緒に帰りましょう。」






その帰り道、僕はずっと叔父さんの事を話していたと思う。歌を教えてくれた事、バンドのメンバーの事、ギターを弾いて見せてくれた事。蒼さんはずっと優しく微笑みながら「坊っちゃまは本当に音楽が、叔父様がお好きなのですね。」と聞いてくれていた。
家の者はみんな暗黙の了解で叔父さんの事を話すのを禁止していたから、僕は叔父さんの話を話せたことがとても嬉しかった。そして、僕の世話係としてうちに来てくれたのが蒼さんで本当に良かったと思った。







「また蒼さんの歌も、聞かせてくださいね。」

「私などで良いのなら、いくらでも坊っちゃまのために歌いますよ。そうだ、今度は坊っちゃまも一緒に歌いましょう。」

「さっきの曲、素敵だったなぁ。」

「フフッ、今度教えてあげましょうね。もちろん、お屋敷の外でですが。」







蒼さんのお気に入りが、僕のお気に入りになった。




[ 20/63 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -