走る。
走る。

それでもまだ走れる。
珈琲の香りが出迎えてくれるのを信じて。







金曜午後7時のスクランブル交差点は、仕事から帰る人や待ち合わせの恋人達で溢れていた。みんなどこから来てどこへ流されて行くのだろうか?蒼さんへの気持ちが流されないよう、僕が僕でいられるよう、止まった赤信号でしっかりと地面を踏み確かめる。
やがて見えてきた彼女の部屋。外から見たら、物置小屋のような部屋。けど、その中には秘密基地の様に沢山の音と情熱が溢れている。今日も前髪を事務用のクリップで止めているのだろうか?マグカップを片手に持って。

チャイムが鳴る。

「はーい、どちら様?」

「逢坂です。お話したいことがあります。」





開けてくれるだろうか?
やがて少し躊躇うように動いた重厚な防音壁のドア。

ほら、やっぱり。
一番に出迎えてくれた、珈琲の香り。
そして前髪にはいつものクリップ。





なんて事無いかもしれないけれど、僕はそれがとても愛おしくて、気が付いたら蒼さんを玄関口で抱きしめていた。





「そ、壮五くん・・・!!!?」

「は・・・っ!す、すみません・・・!!その・・・つい・・・」

「びっくりしたよ。でも、壮五くんらしくなくてすごい素敵。」




ついさっき環くんに過激な行動に出ると心配されたばかりだと言うのに、その時の僕には感情が一番優先順位の高いものだったらしい。
まるで普段通り返していたけれど、部屋へと案内しながら僕から顔を背けた蒼さんは、真っ赤だった。








「それで・・・話って何?」

「気持ち・・・、受け取って頂けましたか?」

「う、うん。こう来るのか!?ってすごく驚いたけど、嬉しかった。ありがとう。」

「僕にも、聞かせてください。蒼さんの気持ちを・・・。」

「・・・・・・・・・壮五くん。」






緊張や困惑の沈黙に潰されぬよう、僕は言葉を続ける。
それを言うために、今ここにいる。
隠さずに、ありのままの自分を、気持ちを。





「僕、蒼さんが好きなんです。夢を諦めずに、それまでの世界を捨ててここまで来た話。叔父さんの話。僕の好きな音楽の話を聞いてくれたこと。そして、本当の僕を・・・僕らしくいていいんだと言うことを、蒼さんは教えてくれました。」

「壮五くん・・・。」

「それが重なってこの気持ちを作っていったけど、僕が蒼さんを好きになった瞬間は、初めてここに来た時。珈琲の香りと、前髪にクリップを止めた笑顔だったんです。」

「あ、アハハ・・・恥ずかしいな・・・。」

「お願いします、蒼さんの気持ちを教えてください。」






しばらく黙っていた蒼さん。
やがて口を開くと同時に、彼女の目に涙が一粒浮いていた。
それを堪えるように、蒼さんは話し出した。






「初めてここへ遊びに来た時。すごく綺麗な男の子だと思った。もちろんMEZZO"やIDOLiSH7の事はテレビや雑誌でチェックしていたし歌も聴いていたけど、会うのは初めてだったから。実はずっと、君達のファンだったんだよ。」

「初耳です・・・でも嬉しいな。僕も蒼さんのファンだったから。」

「それで、話してくうちに気が付いたらすごく気になってて。私が大学を辞めたことや、逢坂聡の音楽の話。その度に壮五くんが見せる顔。いつもの壮五くんじゃない、今この目の前にいるこっちが本当の壮五くんなんじゃないかって。ソロ曲提案して、素直な言葉で歌詞を書いてほしいとお願いしたのは・・・私が、壮五くんのそんな表情をもっと見たい、もっと知りたいって思ったからだったんだ・・・。」

「そうだったんですか・・・。」

「仕事ってのをいい口実にしちゃったみたいで、ズルイよね・・・。ごめんね。でも、もっと私の曲を壮五くんに歌って欲しかった。壮五くんの歌をもっと聴きたかった。その気持ちは本当だよ。」






大和さんの言っていたことは大体その通りだった。
蒼さんが僕をそんな風に見ていたとは思ってもいなかったので、僕は嬉しいような、今更だけど恥ずかしいような気持ちでいっぱいだった。







「歌詞が仕上がるまでの1ヶ月。なんだか心臓がざわざわして、壮五くんの事ばかり考えてて、眠れなくなって。何か音楽を聴いても壮五くんを思い出して。こんなんじゃ私、歌詞が出来上がってまた壮五くんに会ったりしたら、もっとおかしくなっちゃいそうで、もっと好きになっちゃいそうで・・・。私はただの作曲家だけど、だって壮五くんはアイドルだから・・・。」







全身を巡る血液が歓喜に沸く。
それを強く感じているのは蒼さんを抱きしめているからだろうか?
今この瞬間、僕は幸せそのものだった。

同じ気持ちを持っていたんだ。
そして、二人共それをちゃんと伝えて、共有して。





ただ「似てる」と、最初はそう思った。

僕に?
僕が?
どこが?
何故?

大学を辞めたこと?
叔父さんのこと?

好きなこと?
好きな人?

分からないけれど、ただそう思ったんだ。
でも今なら分かる気がする。

似ているんじゃない。
僕もあなたも、「同じ」だったんだ。





恥ずかしそうに、でも嬉しそうに僕の胸へ顔を埋める蒼さんに、僕は優しくこう言った。





「気持ち、受け取りました。」




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