眼鏡 /逢坂壮五
「ねえねぇ、壮五」
そう言いながらグッと顔を近づけてくる蒼ちゃん。
そんなに近寄られたら、君に恋をしている僕の胸が穏やかなままでいられるはずがないのに。
小鳥遊事務所に所属するモデルの蒼ちゃんは目が悪い。
眼鏡を掛けないと深刻なレベルの近眼なのに、何故か眼鏡を掛けずになんとか過ごしている。コンタクトはどうしても怖いらしく、モデルの仕事の時だけ仕方なくしている。そのせいで、こうした至近距離で顔を覗き込んでくることは日常茶飯事だ。
「前から思っていたんだけど、どうして蒼ちゃんはそんな頑なに眼鏡を掛けないの?ちゃんと見えないと不便だろう。」
「だって・・・。不便でいるよりも、勘違いされることの方が辛いんだもん。」
「勘違い・・・?何を勘違いされるの?」
「私、子供の頃からずっと目が悪くて。前は眼鏡を掛けてた。でも、眼鏡をしているせいで『アイツは根暗だ』って思われたみたいで。地味で、真面目で。固くて、いけてないやつ。そんな風にずっと思われてたの。」
「蒼ちゃん・・・」
「でも私本当は違う!そんな暗くないし、地味でもないし対大して真面目でもない!だから、見返したくてモデルになった。そりゃかけた方が楽だけど・・・トラウマなんだよ。眼鏡一つで私の事をそう判断されるなら・・・私は、本当の私を観てもらいたい。それで・・・眼鏡を掛けるのをやめたんだよ。」
話ながら、辛かったであろう経験を思い出し浮かべた蒼ちゃんの涙を、僕はそっと拭いながら話しかける。
「ボヤけたままじゃきっと僕の事も・・・よく見て貰えないと思うんだ。僕は蒼ちゃんが本当の自分をよく見て欲しかったように、出来れば僕の事もよく見て貰いたいんだけどな。蒼ちゃんの事が、好きだから。」
「え、壮五・・・?」
「蒼ちゃん。君はとても、優しくて明るくて。読書も好きだけどスポーツはもっと好きで。根暗どころか、人前で素敵な服を着て堂々と輝くモデルだ。ちゃんと見てるよ、蒼ちゃんの事。だから、もう気にしなくて良いんだよ。」
「私・・・、」
「ほら、ちゃんと眼鏡をかけて。僕の事、よく見て?」
蒼ちゃんがカバンから取り出した眼鏡。
それは薄紫の可愛らしいフレームだった。
「私も、壮五が好きだよ・・・?」
少し恥ずかしそうに笑った蒼ちゃんの眼鏡姿はとても、とても可愛かった。
ぶつからないよう眼鏡を避けるようにして、小さなキスを一つ。
「よく似合ってる、素敵だよ。」
それからしばらくして、蒼ちゃんの元に大手眼鏡ブランドから専属モデルの仕事が入った。みんなが見慣れない姿を僕だけのものにしたかった気持ちも少しあるけれど、キスの時レンズ越しのあの何よりも可愛い表情は。
それは僕しか知らない秘密。
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