<春告視点>



蒼也は楽しげにラリーをしている。
しかし、お互い決して優しい球ではないはずなのだが、長々とラリーが続いている。

勝負というより、戯れだ。
まあ本人たちが楽しそうだから文句言えないけど、二人の力量を知る人間からしたら退屈だ。

もう九月で全国大会だって終わってるはずなんだから、全力を見せてくれてもいいのに。

このラリー、あと三分は続く頃には橘さんのあばれ球で決まるだろう。


「ハル、ちょっといいか」


隣から耳打ち。袖を引かれる。
珍しい、源ちゃんが試合観戦中にお呼びだしとは。

周りの(特に真田弦一郎の)気をテニスコートから逸らさないように速やかに、一旦、二人で入口の前に出た。


「なんだい源ちゃん」

「帰れる条件の話だが」

「はいはい」

「俺は願いを告げたが、元の時間に帰ることができていない」

「そうだね。となると『時間の経過』の方が濃厚になってくるね」

「……帰れない、ということもあり得るのでは」

「それは無いとは言い切れないけど、限りなく低い確率だ。証拠はなく証言、しかもたった一例しかないのだから、希望的観測だと思われても仕方ないが」

「そうか。ところで、帰る条件でないなら、願う必要がないと伝えるべきだと思うのだが」

「その必要はないよ」

「しかし、この時代の人と不用意に接触するのは混乱を招きかねない」

「真っ先に正体バラした人が言えたことじゃないよね」

「うっ……」


言葉に詰まった。今日は源ちゃんにしてはよく喋ってる方だよ。根が寡黙なんだから。


「でもさ、願うだけ願っても損は無いだろ。源ちゃんの場合、元々お母さんいないんだから。ただ、願いを言ってみるだけ言ってみれば、何か変わるかもしれない。それが良い方に変われば儲けもの。それでいいじゃないか」

「……」

「俺は俺の好きにするし、源喜は源喜の好きにするといい。接触すべきでないと考えているなら、皆に伝えて回るといい。俺は何もしないよ」


源ちゃんがキャップの鍔を下げて黙り込む。彼が考えている時の癖だ。


「……わかった。お前の言うことにも一理ある。俺も黙秘しよう」

「はい、この話終わり」


わざとらしく合掌してみる。
その手を下ろして踵を返し、源ちゃんに背を向ける。


「源ちゃんだけで戻ってよ。俺このまま他の連中を捜しにいくから」

「データはいいのか?」

「白桜が隠れてとってるよ。俺はアイツと違って、何でもデータに取るタイプじゃないし」

「そうか」


源ちゃんも踵を返し、屋内へ戻っていく。
それを確認して俺も歩き出す。

源喜に伝えた、自分の推論は嘘ではない。ただ全ては言っていない。
全てがあくまで可能性であって、絶対ではない。

思わず拳を握る。脚を止め、源喜たちのいる屋内テニスコートの建物を顧みる。


「……すまない」


これはただの独り言。


「どんな結果になったとしても、俺たちには失うものが何もないのだ」


得られるのは、ここにいる間の記憶だけ。

その可能性に気づいているのは、恐らく俺と白桜だけ。



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