<真田視点>
人目につかないところへと言われて、俺は屋内テニスコートの裏を提案した。
目の前の男について少なくともわかったことがある。
恐らく、この者はどうしようもない方向音痴である。
テニスコートの方から現れたにも関わらず、来た道と反対側へ歩き出したからだ。
そして、目の前の男の顔が、以前の俺と瓜二つだったのだ。
男は先ほど外したキャップをすぐに被り直し、顔を隠している。
テニスコートの裏につくと、男は再びキャップを外した。
「俺は回りくどいことが嫌いです」
「ああ。俺も好きではない」
「率直に申し上げます」
男は一度深呼吸し、射抜くかのごとく真っ直ぐな視線を俺に向ける。
「子どもの出産の際は周りの反対を押し切ってでも、はじめから帝王切開にしてください」
「…………は?」
俺の耳がおかしくなったのだろうか。彼は今、なんと言った。
いや、耳は問題ない。あまりに突拍子の無さに頭が情報として処理するのが遅れただけだ。言葉そのものの意味は理解できた。
しかし彼は何故、そのようなことを口にしたのか。
男はネクタイを緩め、シャツを第2ボタンまで外した。
はだけた首の周りには、太めの紐か何かで絞められたかのような痣が浮かんでいた。
「これは俺が生まれる時、臍の緒が幾重にも巻き付いてできた痣です。これでも昔より薄くなった方です」
男は首の痣をなぞる。
「長時間の自然分娩を試みた後、緊急の帝王切開で俺は生まれ、母は亡くなりました」
人が一人生まれてくるだけでも命懸け、というのは壮大な話である。
自分にはまだ現実味のない話だが。
「俺は真田源喜。貴方の未来の息子です」
「…………」
追い討ちをかけるかのように、その現実味のない話が我が身に降りかかってきた。
未来の息子が何故、目の前にいるのだ?
沈黙が続き、源喜が気まずそうに口を開いた。
「何故、未来の存在である俺たちが過去に来たのかはわかりませんが」
彼は彼の知る限りのことを説明してくれた。
しかしあまりにも現実離れした内容で、全部を鵜呑みにはできない。
「すべてを信じてもらう必要はありません。俺自身信じられないと思っています。ただ、将来、母が生きていてくれさえすれば満足です」
ただ、彼の真剣さと容姿は信用に値してもいいのではないだろうか。
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