「はい?」と言ったのはけして肯定の意味でないとはわかっている。
しかし俺は腕を引き、半ば強引に近くの喫茶店に入った。
彼女はなんの抵抗もなくついてきて、当たり前のように俺の前の席についた。
更に自然な流れで俺たちは注文を告げて、それから無言になってしまった。
「あの、聞いてました?」
沈黙を破るように彼女が口を開いた。
俺は即座に歌のことだと理解する。
「えと、発音とか、下手くそでごめんなさい」
「いや、そんなことはないと思う」
喧騒の中ではっきり聞き取れていたかも定かでないが、この人、もしかするとハーフの俺より発音上手い。
「何かあったんですか?」
「何か、とは例えば」
「恋人、とか」
「恋人」と言った瞬間、彼女の目が泳いだ。
「……どうして」
そこまでで途切れた言葉。
何故そんなことを聞くのか、という意味なのか、何故わかったのか、という意味なのか、よくわからなかった。
「初対面で、詮索するようですみません」
歌詞の意味と彼女の口ずさむ様子の変化からそう推測したことを説明した。
「ボサノバって、ノリが良くて歌い方も軽く口ずさむ感じだから、歌詞がそんな深い内容だったなんて知らなかったな」
「俺も、ちゃんと歌詞を知ったのは最近です」
「でも、歌詞を調べられるくらいには知っていたんじゃないのかしら」
「第二の母国語だったので」
「あら素敵。もしかしてブラジルの人?」
「ハーフです」
「ふふ、敬語でなくて構わないのに」
「……はぐらかそうとしてないか?」
遠慮なく敬語は外させてもらう。敬語が似合わないのは自覚してる。
話が大分それているので戻させてもらう。
ふと、もし詮索してほしくないと思われているなら、申し訳ないことをしたと後悔する。
「……彼氏と、別れました。原因は彼の浮気で」
注文した品がテーブルに置かれる。
俺はコーヒー、彼女はフルーツパフェ。
心なしか普通のパフェより大きく見える。
もう1ヶ月も経つのに、まだ引き摺っていて。日常の嫌なこととかあっても受け止めてくれる相手もいなくて。そうですよね、こんな愚痴ってすがってばかりの小娘なんて嫌気がさして他の娘に心変わりしてもしかたないですよね。
彼女は涙目で鼻をすすり、それでもパフェを食べながら愚痴っている。
実に変な人だ。
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