橘家に連れられて、キッチンで料理をする橘の背中を眺めていた。
料理が出来上がる頃には男子テニス部員が、用事がある者を除いてほとんど揃っていた。
私は今回も杏さんの友人として、皆と食卓を共にした。
夕食を終えてテニス部の面々は帰宅した。
私は結局、今日も橘家に泊まることになった。
何故か私が一番風呂を貰い、上がると入れ代わりで杏さんが入っていった。
ドライヤーを使っていいものかと思い悩んだ挙句、結局使わずにタオルで髪をくるんでリビングに戻った。
戻ったものの、そこには誰もおらず、私は所在なく突っ立っている。
橘のご両親は帰りが遅くなるそうだ。
お祖母さんとひいお祖母さんは部屋にいるのだろう。
足音がして振り返ると、キッチンから橘が出てきた。
「ん? どうかしたか」
「いや……、橘は今まで片付けをしていたのか?」
「ああ、そうだ」
「ごめん。手伝わずに、先にお風呂までもらって……」
「気にするな。立ち話もなんだ、座るか」
「ああ」
なんだかお互いぎこちない。
橘に続いて一歩ソファへ踏み出すと、タオルがほどけて左肩に掛かった。
ほどけて露になった髪は、まだ濡れている。
視線をタオルから橘に戻すと、まるで「仕方がないな」とでも言いたげに溜め息を吐いていた。
「桜木」
見かねた橘が私の腕を引いてソファに座らせると、後ろに回り、左肩のタオルを取り上げて私の髪を拭き始めた。
「ちゃんと乾かさないと風邪をひくぞ」
橘の手つきは思ったより優しい。
私ならもっと無遠慮に力を入れてガシガシと拭いている。
…………橘の手は、やはり大きいな。
そんなことを考えつつも、このままでは心地よくて眠ってしまいそうだ。
それは失礼か。橘は話が聞きたくて招いたのだし。
「橘」
「なんだ?」
「私が話すこと、聞きたいなら聞いて。後で知りたくなかったと思うなら、私の独り言だと思って忘れてくれ」
決して聞いて気分の良いことではないから。
- 1/4 -
[*前] | [次#]