父の家を出た時、空は茜に染まっていて、家の最寄り駅の改札を抜けた頃には日も沈んで暗くなっていた。
家に帰りつくと、つい習慣で玄関に男物の靴がないか探してしまう。
今日はない。
それもそうだ。母は昨日から慰安旅行に行っていて、明後日まで帰って来ないのだから。
その日はゆっくり眠って翌朝、いつもより余裕を持って仕度をしてアパートを出た。
学校について正門から校舎へ歩きながら、校庭の向こうのテニスコートに目をやる。
朝練をしているテニス部員の中に橘の姿があった。
……何故、橘を目で追っているのだ、私は。
はっとしてテニスコートから目を背けた。
放課後、その日に配られた宿題のプリントを終えて教室を出る。
ふと、廊下の窓から見下ろしたテニスコートに、橘の姿はなかった。
…………何をがっかりしてるんだ、私は。
無意識に止めていた足を進める。
早く帰ろう。明日、母が帰ってくるまでの自由の身なのだから。
帰り道の途中で私は、目を疑った。
スーパーから、ネギのはみ出したエコバッグと思われる大きな手提げ袋を持った橘が出てきたから。
思わず足を止めていた私に、橘は気づいたようでこちらに向かってくる。
「よう桜木。今帰りか?」
「ま、まあ」
「桜木も家はこっちなのか」
「あ、うん」
「途中まで一緒に帰らないか?」
「う、うん」
驚きで気の抜けた返事しか返せない。
歩き出したものの、私の意識は、視界の端にちらつくネギに持っていかれる。
「橘、そのネギは、いや、その袋はお使いか?」
「ん? ああ、これは夕飯の材料だ」
「……随分と多い気がするが」
「テニス部の皆を招待しているからな」
「そうか」
そう言えば橘は料理が得意らしく、以前に泊まった時の朝食も彼が作ったと聞いた。
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