一睡もできなかった。
冷えた身体に、腫れた頬だけが熱を持っている。
学校、行かなくちゃ。
遊具から出て、一旦帰って制服に着替える為、家路を辿る。
朝焼けが憎らしいくらい綺麗だ。
「桜木……?」
名前を呼ばれた気がして、振り返る。
学ランに、テニスバッグを担いだ、どこか見覚えのある金髪。
「どうしたんだ、その頬は」
昨年同じクラスだった、テニス部の橘だ。
学校では大人しく優等生面をしている人間が深夜徘徊をし、時に暴力沙汰まで起こしている。
そのことを悟られたくなくて、この頬を見られたくなくて、慌てて踵を返した。
早く逃げなければ。
しかし願い叶わず、橘は駆け出そうとした私の腕を捕らえる。
反射的に彼を振り返った。
「……随分、冷えているな」
「…………」
その言葉に、呆気に取られた。
絶対に咎められると思ったからだ。
しばらくそのまま、私たちは固まっていた。
掴まれて手を振り払えない。
その手の温かさが、もう少し欲しい。そう思っていた束の間、橘の手が離れた。
何故かテニスバッグを下ろし、学ランを脱ぐ。
下に半袖のシャツを着ていて、夏服姿になった橘。
再び腕を引かれて向かい合う。
バサッと学ランの裏地が頭上に広がったかと思うと、私の肩に下ろされ、学ランを羽織らされる。
「着ておけ」
「た、橘?」
「こんな明け方に、そんな薄着では風邪を引くぞ」
「でも制服がないと橘が困るだろう!」
「まだ移行期間だから、無くても構わない」
学ランを返す間もなく、橘は颯爽と通学路を走っていった。
結局この日、私は頬の腫れが引かず学校に行かなかった。
翌日の早朝、まだ誰もいない橘のクラスの教室。
こっそり座席表を確認して机の上に学ランを置いて返した。
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