ほどけたようで、再び手櫛が再開される。


「たまにすれ違うこともあったが、お前はあの朝のことがなかったかのようにいつも通りに過ごしていたから、そのことについて話し掛け難かった」


私がそのように見えたから、橘も何事もなかったようにしていたということか。


「それからしばらくして、ふと、どうしてこうもお前のことが気にかかるのかと疑問に思った。そしてようやく俺は自分の気持ちを自覚した」


私の知らない、橘の心境の変化の過程。

ならば私はいつから、橘が気になっていたのだろうか。

引っかかってはほどきを繰り返し、大分指通りは良くなってきたようだ。


「お前が男たちに囲まれていた時、男の問いに返した答えはそういうことだ。あの朝に出会わした時のように、お前が傷つけられるのは嫌なんだ」


再びドアノブが回る音。

橘の手は止まり、離れていった。
杏さんがドライヤーを手に戻って来た。


「ドライヤー持ってきたよ」

「杏、後は頼む。」

「え、うん。お兄ちゃんどこ行くの?」

「風呂」


出ていった橘の顔は見えなかったが、耳が赤かった気がする。

杏さんはドライヤーのコンセントを差し込み、先ほどまで橘がいた私の後ろに回る。

自分でやろうと思ったのだが、杏さんはドライヤーのスイッチを入れて、私の髪を乾かし始めた。


「杏さん、自分でやるから」


ドライヤーの音に掻き消されているのか、聞こえないふりをされているのかはわからない。

杏さんは黙々と髪を乾かしていく。

やがてドライヤーが止まり、リビングは沈黙に包まれた。


「ごめんなさい」

「え?」

「話、立ち聞きしていたの」


ああ、だから二度もタイミングよくリビングに戻ってきていたのかと、的外れなことを考えていた。



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