私は家の事情を話した。
母子家庭であること。
昔から母が度々、恋人を連れ込んでいること。
「小学校に上がる前くらいだったと思う。母の恋人と玄関で出くわしたら殴られた。『子供がいるなんて聞いていないぞ』って言って出ていこうとするその人を、母は必死で引き留めてて。私は外に飛び出した。私はその日、初めて深夜徘徊ということをしたんだ」
幼い私が、何を思って家を飛び出したのかはもう思い出せない。
「それから家に帰る度、玄関の靴を見ては男物の靴がないか、母の恋人はいないか確認して、いれば見つからないように家を出て……。何度か補導もされた」
はじめのうちは母が迎えに来たこともあった。
しかしいつからか、補導されれば父が迎えに来るようになった。
わざわざ夜中に数十キロもの道のりに、車を走らせてくれるのが申し訳なくて、できるだけ補導員に見つからないように遣り過ごしている。
ドアノブが回る音がして、口を止めた。
ドアが開き、杏さんが入ってきた。
「あら」
杏さんが私と私の髪を拭く橘を見て声を溢した。
「ドライヤー使えば良かったのに」
ドライヤーを使ったのだろう。杏さんの髪は乾いている。
「杏、ドライヤーを持って来てくれ」
「はーい」
杏さんが出ていく。
また二人きりになった。
橘からこれ以上聞いてくる様子はないし、私のことについてはこのくらいでいいだろう。
橘はまだ手を止めない。
振り返るに振り返れないので、橘の方を見ることなく問いかけた。
「橘は『健康的な人』が好みと言っていたが、なら私に惚れたのはどうして?」
「確かに好みは健康的な人だが、桜木のことは去年から気にかかっていた」
「何故?」
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