「ところで、あの時は訊かなかったが、訊いてもいいか?」

「何を?」


あの時って、いつ?


「何故、家に帰れなかったんだ?」

「…………」


思わず沈黙。どう答えたらいいのやら。


「……悪い。答えたくないならいいんだ」


答えたくない訳じゃない、と思っている私は、答えて、どうしたいのだろう。

『橘くんがいるから、もう頼ってくれないのかな?』

私は頼りたいのだろうか。

自分が橘の『惚れた女』だからと言って、何でも頼れる訳じゃない。
あの時「気にしないくていい」と言って私の問いに明言しなかったから、そもそも惚れられているというのも、ただ私の自惚れだったのかもしれない。


「俺の家へはここで曲がるが、桜木の家はどっちだ?」


橘の足が止まり、私の足も止まる。

もう、別れ道。
どうしてだか、このまま橘と別れるのが名残惜しい。

ゆっくりと橘の顔を見上げた。


「桜木?」


頼る頼らないとか、自惚れだとか、だからなんだと言うのか。
まだ、一緒にいたいと思う。
彼の傍は居心地が良すぎる。


「もう少し、傍にいてくれないか」


人を好きになる、愛するとは、こういう気持のことを言うのだろうか。

橘は目を丸くしたかと思うと、顔を背けるように進行方向を向いた。
それを見て我に返る。

私は何を言っているんだ。

袖を掴む指を振り払われる。
無意識に掴んでいたのだろう。指が離れるまで気がつかなかった。

行き場を失った右手を、彼の左手が掴んだ。


「帰ろう」

「え、え?」


突然のことに頭が追いつかない私の手を引き、彼は自分の家へと歩き出す。私も半ば強引に歩かされる。



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