橘に差しのべられた手を、なんとなく掴んだ。
橘はその手を引き私を立ち上がらせると、さっき男に投げつけたコンビニ袋を拾いに行く。

背を向ける橘。立ち往生の私。

コンビニ袋を拾い上げた橘がこちらを振り返り、私ははっとする。


「さ、さっきの……」


惚れた女って、どういうこと?


最後まで言うことなく、口をつぐんだ。
急に顔が熱を持つ。

言葉の先を察したのか、橘は頬を赤くし、顔を背けた。


「…………橘」


橘の反応に、どう声をかけたらいいかわからない。


「桜木は気にしなくていい。今まで通りで構わない」


向き直った橘は、何事もなかったかのような顔でそう告げた。


「ところで、今日も家に帰れないのか?」


頷いた。


「女がこんな暗い時間に一人でいるのは危ない」


そんなことは言われなくてもわかっている。

居たたまれなくて俯いた。
溜め息が聞こえる。


「……事情は知らないが、誰か友人の家に泊まらせてもらうことはできないのか?」


友達と呼べる存在はいる。

私は学校では大人しい子、と思われているらしい。
積極的に話しかけることはないけれど、人並みに受け答えはするし、常に敬語を使っているから。

しかしそれ故に、私の家庭事情は誰にも言っていないし、敬語を使わない私を知る人すらいない。

思えば、学校関係者を呼び捨てたのも、橘が初めてだ。


「できない。誰の連絡先も知らないし、そこまで親しい人はいない」

「そうか」


たったそれだけ。

それ以上何も言わない橘に、不思議に思った私は顔を上げた。

橘は誰かに電話を掛けている。
話の内容はよく聞いていなかった。

橘は携帯を閉じる。


「……という訳だ。とりあえず家に来い」


どういう訳だ。

疑問をぶつける前に手を取られる。


橘の手は、やっぱり温かい。


そんな感慨に耽りつつ、手を引かれるままに歩き出した。



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