「送ってくよ」


神くんのシュート練習が終わる頃には、既に日は落ちて9時をゆうに回っていた。集中していたわたしは全く気が付かなかったけれど、携帯の着信履歴には母親の名前がある。普段は品行方正で通っているのもあって、心配などしない性格の母でもさすがに気にはなったんだろう。たった一度、しかも数秒鳴らした程度で投げ出せてしまえるほどの心配ではあるけれど。わたしが携帯を操作しているのを横目で見た神くんは、掃除していたモップを止めて、先程の言葉を紡いだ。好意から言っているとも、面倒臭がってるともとれる、不思議な声音だった。わたしは首を横に振る。わたし1人なら、図書委員の仕事が長引いたと弁解できる。もしわたしを送る神くんの姿が母親、もしくは近所の人の目に留まれば、どうなるか想像に難くない。危ない橋は渡らない主義なのだ。わたしは、一介のクラス委員でいい。


「もう暗いし、危ないよ」
「平気だよ、別に」
「俺のせいで遅くなったのに、一人で帰らせるなんてできない」


俺のせい、という言い方が引っ掛かった。確かに神くんにやや強引に誘われて、神くんの練習を見ていてこんな時間になったのだ。順当にいって、神くんの責任だ。しかし、わたしは彼の少々強引なお誘いを無視することもできたし、用事を作って逃げることも、途中で帰ることだってできた。それをしなかったのは、わたし自身。もっと、彼を知りたい、彼を見ていたいと少なからず思っていたのは、他ならぬ自分なのだ。決して神くんのせいではない。そして、多分神くんも自分のせいなどとは露ほども思ってないだろうな、と何となく考えた。彼の言葉は、いかんせん薄っぺらいのだった。


「じゃあ、別れ道まで一緒に帰って…ください」


わたしが折れた。意思薄弱なわたしが、彼の無意識の威圧感に勝てるはずがなかった。



「神くん、は毎日こんなに練習してるの?」
「うん、1日でも休むと意味がないからね」
「すごい、ね。わたし、同じことを繰り返すのすぐ飽きちゃうから、尊敬する」
「どんなスポーツでも反復練習が基本だと思うけど」
「だからスポーツ苦手なのかな」
「…そうやって決めつけてるからじゃない?」
「え?」
「自分には無理だとか、言っても無駄だとか、やる前から諦めてるから、何も出来なくなるよ」


なるほど、彼はわたしの、勝手に諦めて知ったような振りをしている態度が目についたのだろう。掃除しない人たちのことを諦めて、スポーツできる自分を諦めて、自分には最初からこれだけしかなかったと、こうする他なかったと。そう折り合いをつけるわたしが、目障りだったのかもしれない。でも、それって。


「…余計な、お世話だよ」
「ん?」
「ここまででいいよ、ありがと。また、明日」


無理矢理振り切ってさよならした。何を考えているのか見当もつかない神くんが怖かった。あの瞳は、わたしの全部を見透かす。


深海魚のなみだ 03



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