耳に心地良い音と共に放たれたボールは、綺麗な弧を描いてゴールネットを揺らす。バスケットのルールを知らないわたしには、神くんが普通より少し離れたところから投げていることしかわからない。そのシュートがどれだけ難しいのか、百本中百本決めることがどのくらいすごいのか、想像もつかないけど、ただ綺麗だと思った。まるで、コンピューターのシミュレーションのように、毎回同じ軌道で落ちていくボール。それだけでも彼の日頃の努力が窺い知れて、わたしは人知れず平伏した。


「ひゃくいち…」


何の意識もなかった。頭の中で数えていた回数が、口から勝手に零れ出たに過ぎない。しかし神くんはボールが地面に落ちるのと同時にわたしの方を振り返って、複雑そうに笑った。初めて見る種類の笑顔だ。嫌いじゃない。


「…見てたんだ」
「見ろって言ったの、神くんじゃない」
「反復練習だし、飽きて別のことしてると思ってた」
「こんな体育館の床の上で何ができるっていうの」
「読書ならできるでしょ。いつも教室でしてるよね」


また、だ。神くんからの視線なんて感じたこともないのに、わたしの日常を知っている。どうして、なんて勘違い女みたいなことは訊かない。同じクラスだし、席は離れていても、何をしているかぐらい把握できるものなんだろう。わたしは知らないけれど、それは根本的に他人に興味がない性格だからだ。本は持ってはいるが、ここで読む気はなかった。繰り返し読んだ物語よりも、ずっと新鮮な刺激が目の前にあるのだから。


「読まないよ。見てたいから」
「へぇ、バスケットに興味ないかと思ってたけど」
「スポーツは好きじゃない。でも…、でも、神くんのシュートはとても綺麗だから。芸術品を見てるみたいで、惹き付けられるの」
「それは…」


なぜかそこで神くんは言い淀み、一端言葉を切る。わたしが恥ずかしいことを言ったみたいで居たたまれない。躊躇ったような間を十分置いた後で、神くんは「それは、どうも」とくしゃりと笑った。ありがとうが言えない不器用な人なんだな、と他人事のように思う。思うだけで、もちろん口にすることはなかった。神くんは何事もなかった体で、静かにシュート練習を再開する。息づくのは、わたしと神くんとボールだけ。いや、今やそのボールすら神くんの一部であるかの如く、等しいリズムで呼吸する。わたしもまた、無言で彼の姿、彼の音、彼の放つ空気に酔いしれる。まるで、二人だけで海の底に取り残されたみたい、なんてふざけたことを考えた。悪くはないと感じる自分に、少しばかり驚きながら。


深海魚のなみだ 02



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