「愛してる」ってたまに空虚だね。そう言えば神くんは困ったように眉を下げて、笑う。いつもの笑顔だ、これ以外の笑い方をわたしは目にしたことがない。きっとノブくんの前ならば、もっと心から笑ってくれるんだろう。きっと牧さんの前ならば、もっと完璧に笑ってくれるんだろう。空虚なのは、言葉じゃない。わたしと、神くんの、関係なのだ。


「まじめなんだね」


神くんがわたしに声を掛けたのは、体育館に繋がる渡り廊下の掃除をしているときだった。日もだいぶ落ちて、夕日が廊下も、わたしの手にあるモップも、神くんの整った顔も赤く染めていた。高い位置にある顔を見上げるのは骨の折れる作業だったけど、わたしはじっと神くんの瞳を見つめる。果てもなく暗い、まるで深海魚のようだと思った。


「別にまじめじゃない、当番だからやってるだけ、普通だよ」
「でも他の人いないじゃん」
「みんな普通じゃないんだよ」
「軽蔑してる?」
「…別に。わたしは、わたしの役目を果たせればそれでいいし」


本当に、どうでもよかった。同じ当番の人がデートだのカラオケだので帰ってしまっても、わたしの分担が少し増えるだけだ。一高校生の分際で、課せられた使命を投げ出したりはしたくなかった。重く考えすぎてる自覚はあったが、なぜみんながそういう風に感じないのか不思議だった。


「神くんは、どう思うの?」
「あれ、俺のこと知ってるんだ」
「わたし、一応あなたのクラスの委員長なんだけど」
「知ってるよ」
「じゃあお互いさまだよ」


ただでさえ委員長としてクラスの人を把握してるのに、神くんのことを知らないはずがない。バスケ部のエースという肩書き、どこにいても目立つ高い背、成績だって悪くない、極めつけは万人が認める端麗な容姿。紳士的で優しいという噂よりは淡白な印象を受けたけれど、それでも彼は王子様、みんなの憧れの的なのだ。


「いつ終わるの?」
「え、?」
「掃除、いつ終わる?」
「向こう端まで行けば終わりだけど…」
「そのあとは?」
「委員会。図書委員なんだ」
「知ってる」


今度は少し驚いた。部活が忙しい神くんを図書館で見た覚えはないのに。どこで知ったのだろう、と考えていたが、次の神くんの言葉に、わたしの思考は停止した。


「それ終わったら、体育館来なよ」
「……は?」
「図書館閉まるの、部活終わる時間だけど、俺自主練やるから見に来てよ」
「なんで、わたしが?」
「…なんでだろ?ただ、俺がバスケやるところ、君に見てほしいと思ったんだよね」
「は、「じゃ、約束ね」


そう言い残して、神くんは体育館の方に去って行った。わたしの頭の中には疑問しか残らない。意外と俺様な彼に、少しだけ腹が立った。でも、これが全ての始まり。神くんの気紛れが引き起こした、わたしの変化の物語。


深海魚のなみだ 01



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