必死のテスト勉強が功を奏したらしく、浜野は全教科赤点を免れた。俺も珍しく国語が平均点を越えたために、担当の教師から驚かれたものだ。別に、アイツのおかげだなんて少しも思ってはいないけど。あの日以来、浜野の幼馴染みとは話していなかった。浜野の横にいるときはそれなりに会話できたが、普段学校で見掛ける彼女はなんつーか声を掛けづらい。大人びてる…というよりも確実にませている。クラスの女子みたいに群れて行動したり、放課後に教室に残ってくっちゃべったりするようなタイプには見えない。一度見たときは友達と一緒だったが、大抵は一人で廊下の端を静静と歩いていた。ここまでよく観察しておいて、気にならないと言ったら嘘になる。ただ、俺自身彼女を見掛けると沸き上がるよくわからない感情に、もやもやと焦燥感が高まっていた。


「おーい、倉間起きてる?」
「…起きてる」
「あんさ、今日の部活アイツが見に来るんだ〜」
「へー…ぇ!?」
「なんか神童に誘われたらしくって〜でもアイツ人見知りだから、知らないヤツ多いとこ苦手でさ。よかったら速水も倉間も気にしてやってくれよ」
「ふーん、神童君と知り合いなんですね」
「好敵手って感じじゃね?頭いいヤツの考えはよくわかんね〜」


アイツ、だけでぴんと来る。次々と会話を繰り出す二人に置き去りにされたまま、俺の頭の中でぐるぐる嫌な考えが回る。神童はそんなこと口にしたこともなかった。いや、神童とサッカー以外の話題で盛り上がったことなどないのかもしれない。神童は頭も顔も性格も良くて、少し泣き虫だけど頼れるキャプテンで、サッカー上手くて、でも、それだけだった。俺は神童のこと、何も知らない。勿論、彼女のことも。


「仲が良い二人なんて、失礼ですけど想像できませんね…」
「わかるわかる!ちゅーか、アイツ南沢先輩に会いたいだけじゃねーのかな〜」
「はッ!?」
「どしたー倉間?」


突然出てきたムカつく先輩の名前に思わず過剰反応してしまった。浜野は頭の後ろで腕を組むお決まりのポーズで、ひどく能天気な声を出す。問い詰めると、浜野の幼馴染みは南沢先輩に憧れているらしい。三年でも上位に位置する成績と申し分ないサッカー部での活躍、おまけに本人は努力してる風すら見せない徹底ぶりについて、普段からよく言っているそうだ。内申厨のくせにサッカー巧くてずるい、と常日頃から反発している俺には、その情報は有り難くはなかった。ま〜南沢先輩って傍から見たら完璧超人だしな!明るく快活に笑う浜野が憎たらしくて、軽く殴っておいた。


「いってーなんだよ〜ほんとのことじゃ…あ、」
「あぁ?」
「海士ー数学の教科書返してよ」
「…あー!悪い悪い忘れてた」
「だと思って取りに来たの。普通借りた方が返しに来るもんよ」
「ごめんってー」


自分の席に戻って机を漁る浜野を呆れた様子で眺める幼馴染みを、何とはなしに見ていたら、急にこちらを向いた。明らかに見つめていたのは俺だというのに、照れくさくてぶっきらぼうな態度をとってしまう。


「倉間君、」
「な、なんだよ」
「ふふ、ありがとね。海士今回数学もわりかし良かったの。倉間君のおかげ!」
「お、…おれも、…」
「?」


俺も国語の点数上がった、お前のおかげで。たったこれだけのことがどうして言えないんだろうか。女子に礼を言うなんて滅多にしないから、不馴れで恥ずかしいのかもしれない。言わなきゃ伝わらないのに。


「俺も全体的に上がりました。…倉間君も国語良かったみたいですよ。あなたのおかげですね」
「え?そうなんだ。よかったねえ、わたしも嬉しい」
「ちなみに今回は?」
「また神童君に負けちゃった…あと三点だったんだけど」
「俺らには関係ねぇ世界の話だなー」
「まったくですね」


まただ。よくわからないもやもやした苛立ちで胸に鉛を落としたような気持ちが広がっていく。へらっと笑うこいつらも、礼の一つも言えない俺も、むかつく。



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