殺人狂出久

前編

まえがき
*さも当然かのように出久女体化
*捏造に次ぐ捏造
*グダグダ続く文

全て把握いただいて飲み込めましたら閲覧よろしくお願いします!



『______臨時ニュースです。つい先程、折寺市路上で9人がナイフで刺され死亡しているのを近くに住んでいる住人が発見し、110番通報しました。今回も一ヶ月前の大量殺人と同じ手口で、心臓を綺麗に貫かれていると同時に両足の指付け根付近が関節を付けられるかのように骨折していた跡があり、警察は同一人物の犯行と見て捜査を進めています。今のところ犯人の目処は立っておらず、______』







「…気持ち悪い」

千鳥足でよろよろと歩き、アングラな路地裏にのたれこむ。

「この世界、痛みがなく死ねるなら、とっくに死んでるんだけどなぁ…」

生憎、死んだ人の話など聞けないから、どれが死ぬ最善の方法なのかわからない。
ネットに書かれた情報も、その情報提供者は死んだことがないんだから確かかわからない。
夜空を見上げ、満天の星空が皮肉を唄うと悪魔が囁きを告げに来る。

『ここで座ってりゃ、いつか死ぬさ。こんな汚ないゴミ溜めに普通の奴なら座れない。お前はもう、終わってんだよ。』

「知ってるんだよ、そんなこと。でも死に方を迷うくらい、人間らしくなってもばちはあたんないだろ。」

『へっ、大量殺人鬼が何言うよ』

影がいきがっている。日中は自分の後ろに身を寄せているくせに、夜になれば霧散して巨大な存在へと変化を遂げるのだ。
返り血を浴びてすっかり赤くなった自身と手に持つ凶器を下目で見て、出久はふっと笑った。
無個性のくせに、敵という存在の方に体を寄せてしまっている。
いや、個性もないから敵とも呼ばれないのか。ただの殺人犯か?

「どうせ裏の世界に回るんなら、敵と呼ばれたかった。只の狂人で人生終わるなんて、やっばり僕は木偶の坊なんだな…」

物心ついてから、自分には二つの人間が同時に存在していた。
自身の身を呈しても皆を救けたい、という自己犠牲精神満載な自分。
自分を救けてはくれない周りへの絶望を糧として強くなる自分。
二重人格とは言えない。対比する感情が同時に存在しているだけなのだ。ただそれが、周囲の人よりもコントラストが深いだけ。
片方で存在しようとすると片方は肯定されず、自然と押し込まれる。
ずっとこの暗い感情に蓋をすることも可能なのだが、明るい方の自分には必ずと言っていいほど幼馴染みによる弊害が待っていて、暗い自分がどうしても押し込まれたまま黙っていてくれない。
そして、暴走する。こんな夜の仰々しい満月の光によって自身の闇がスポットライトを浴び、抑制が効かないまま路地裏で踊るように殺してしまうのだ。

今回までの幾多ある満月の夜の中で、一体何人殺したんだろう。
数えていない。いや、途中から数えるのが面倒臭くなって、辞めてしまったのだ。
いっそ二重人格の方が良かった、と脳の片隅で思う。
それならばこの明るい自分はこのグロテスクな現実を見ることはなく、ただ純粋にヒーローへの道を目指せていたのかもしれないのに。


…コツン、コツン、コツン。
出久一人の声が響いていた路地裏は、誰かの来訪による足音によって賑やかになる。
出久は気持ち悪い最低の気分のまま立ち上がって、凶器をパーカーの腹の部分にあるポケットに閉まった。そしてズボンの両ポケットから真新しいサバイバルナイフを取り出して、これから起こる最悪で最高の憂さ晴らしを想像し恍惚な笑みを浮かべる。そして目線の向こうにいる男の影に向かって駆け出した。

「お兄さん……僕と、踊りませんかッ!!」

ぶわっと風を切る音が耳内を回る。どうやら最初の一撃は躱されてしまったようだ。そこから何度か空気を切り裂くが、相手に当たるそぶり無し。
突然の攻撃に驚きの声も出さないということは、向こうは手練れか。

「まあ落ち着けよ」

男はかなり冷静な声色で言った。
すると途端、雲に隠れていた月が姿を現し、月明かりに照らされた彼の全容が見える。
ぼさぼさした白銀の髪に全身黒で体の細いラインがわかる服装。何より奇抜なのは、顔を覆うように取り付けてある誰かの青白い手だった。
彼はそのまま、ポケットに手を突っ込んで猫背になって歩いてくる。
………まさかこの男、両手をそこから出さないまま、殺人分野では玄人である自分の攻撃を避けたのか。

圧倒的なレベルの違い。まさかこっちが驚く事になるとは。
驚嘆で口も目もかっぴらいて、手は力を入れる事を忘れ凶器を落としそうになってしまう。
彼はその姿をみて少し口角を上げた後、最後には自分の真ん前に立って肩に手を置いた。小指だけ浮かせた変な手の置き方だ。

「さっき敵と呼ばれたいって言ったよな?」

顔を耳元にまで持ってきて囁く。まるで、聞き逃す事を許さないかのような。
ぞわりと背中を撫でる恐怖で言葉が出てこない。彼はそんな僕をちらりと横目で見てから舌打ちし、もう一度耳元で、大きな声で叫んだ。

「さっき敵になりたいって言ったよなぁ!!!!」
「ッはい!言いました!!」

僕は背をしゃきんと伸ばして叫んだ。
さっきの僕の驚きようと彼の身のこなしで、完全に上下関係が完成されてしまっていた。僕の返答が気に入ったのか男は「そうか」と言ってにたりと笑った後、この路地裏の汚い地面にどっかりとあぐらをかいて、僕を人差し指で指した。

「じゃあ面接だ。自己紹介しろよ」
「……それは、どういう…」
「お前の名前とかだ、わかるだろ」

彼は僕のナイフを躱した時に出した声と同じ声色で淡々と述べた。さっきと違う点は、逆らったら殺すという殺意が加わっているかいまいかだった。
僕はまた背筋を立て直して手を体側に伸ばし、鬼教官への挨拶を思い浮かばせるような必死さで自己紹介をした。

「ほ、僕は!緑谷出久、今年で齢15歳です!!将来の夢はヒーロー活動、好きな食べ物はカツ丼!趣味はヒーロー分析ッ!!そして殺人ですッッ!!!」
「はぁ?ヒーロー??人殺しが?」

相反する“ヒーロー”と“殺人”。その二つが盛り込まれた支離滅裂な自己紹介に彼は眉間に皺を寄せた。そしてハッと笑って、「面白いやつだな」と言った。

「お前みたいなヒーロー志望初めて見たよ。…ふーん、いいね。内側からヒーローを潰してってくれる感じか。…スパイ!そうだスパイだ!」

熟考しているのかぶつぶつと独り言をつぶやいた後明るい声で「スパイだ」と言うと、あぐらから飛び起きて立ち、僕の手を掴んでぎゅっと握手した。

「いいじゃん、ヒーロー!なってよ。…でも、この経歴じゃ真っ当なヒーローになれる訳ねぇじゃん?だから、敵として『堕ちてる』ヒーローになっちゃえよ。今年で15歳だから中学生だよね。そうだな…」
「ぅぇえ、ちちち、ちょっと待ってください!」
「雄英でも行ってヒーロー学びながら金の卵潰しでもしてきて貰おうか。雄英はオールマイトも教師になるって噂だから……何?」

自分抜きで進められる話についていけなくて目が回る。この人は僕が無個性な事をわかって雄英など難関な国立高校の名前を述べているんだろうか。

そりゃあ行きたいさ、雄英高校。だけれどもやっぱり僕みたいな殺人鬼で無個性な只の狂人に雄英どころか、どこにも進む道はないんだ。」

「ああ、無個性なのか。もしかしてそれでグレて殺人に走っちゃった系?」

……
………まさか!!
何時もの癖で、考えを声に出してしまっていたらしい。丸聞こえでなんだか恥ずかしくなって、掴まれていた片手を引き抜いて口を隠した。
彼はそんな様子の僕を見てまた舌打ちした。
あ、と気付く。上下関係は成立しているのに、立場が上の相手の手を振り払うなど。
口から手を離し“申し訳ない”と目で語ると、彼は再度手を掴んで何処かに連れて行こうとする。

「え!?あ、あの….何処に?」
「無いんだろ?個性。だから貰いに行くんだよ。一個貰うだけなら脳無みたいにはならないから安心しろよ」
「の、脳無」

わからない話題には触れず、とりあえず手を掴まれたまま彼の赴く方に足を動かす。移動する時に色々と教えてもらった。
彼の名は死柄木弔。敵連合のトップであり、裏社会のボスと“先生と弟子”という立場である。
ボスは個性を与えられる個性を持っており、自分が言えば一つくらいくれる筈だと。

僕はその話を聞いて、このまま流されれば自分が個性を手に入れられるんだと理解した。が、何も思えなかった。
何も思えなかったと言うよりかは、様々な感情が入り混じって突出した感情が出てこないというものだろうか。
単純に個性が貰えると聞いてからの嬉しみ、
個性が使える将来への希望。
人体改造が行われるのではないかという不安そして、個性を渇望したからこそ、呆気なく貰える事の虚無感。
そんな複雑な心境のまま、彼のアジトだという小洒落たバーの中に入っていった。







入った途端、とても印象的だったのはバーカウンターでコップを拭いている、実体がないものが服を着込んだように見える其れだった。
三日月が逆三角の向きに直ったみたいな目をこちらに向けて、急に慌て出す其れ。死柄木は口を開けて、僕らの出会いの経緯と僕の有用性を語り出した。
全て聴き終えてから其れは深いため息をついた後、僕にペコリと頭を下げた。

「死柄木が急にすいません。私は黒霧と申します。すぐ先生と連絡するので、少々お待ちを」

そう言って店の奥に消えていく黒霧。
その消えていった背中の跡をぼーっと見ていると、死柄木から「おい」と呼び掛けられる。死柄木はもうバーカウンターの椅子に座っていて、隣の椅子の革を指4本でばしばしと叩いている。慌ててそこに座ると、目の前の机に一つ、しっかり絞ったのであろう果肉が入ったオレンジジュースが置かれていた。

「お前未成年だから、ジュース。飲めよ」
「ほ、ほんとですか、ありがとうございます」

正直、会ったばかりの黒ずくめの男から出された物を警戒心なくぐびぐび飲める程無防備ではない。
しかし明らかに不利な状況で、格上相手の誘いを断ることは出来ない。
出久は熟考したあと、どうにでもなれとグラスに唇を付け、70度くらい傾けて一気に飲んだ。

ごくごくと喉越し良く通る橙色の液体。
目を瞑り力を入れ最悪を覚悟して飲んだが、その飲み物の美味しさに目の周辺の力も抜け、だんだんと目を開いて輝かせる。
たん、とカウンターにグラスを置いた時にはもう中身のオレンジは残っていなく、取り残された果肉が透明の隅で行き場をなくして漂うのみだった。

「お、おいしい…」

口に入れた直後に鼻腔をくすぐった柑橘の香り。舌に感じた程よい酸味と自然な甘さは、質のいいオレンジを感じさせる。果肉も一粒一粒が大きくジューシーで、これまで1.5リットル150円位のスーパーで売られているオレンジジュースしか飲んだ事のなかった出久には、旨味が過ぎる飲み物だった。

思わず肉付きのいい頬が緩む。そばかすと共に薄く血色のいい色を浮かべて、目を輝かせたまま、屈託のない笑顔でもう一度言う。

「とっても、美味しいです!」

にぱ、と効果音が付くような満点の笑みに、死柄木は細く開いた目を最大限まで大きくして言葉を失った。
そして急に椅子から立ったと思うと、まるで透明のパンチでも撃たれたかのように後ろの壁まで仰け反っていってしまった。

「え!?」
「緑谷さん、先生との連絡が__…!死柄木!?」

丁度裏から出てきた黒霧も一緒になって驚く。死柄木は強く壁に背を打ち付けたかと思うと、重力のままずるずると座り込んでしまった。

「……撃ち抜かれた…」

呆然とした表情。手はわなわなと震えていて、明らかに挙動不審だ。
撃ち抜かれた、とは誰にやられたのだろうか。ここの空間には今、出久と黒霧しかいないのに。狙撃系の個性の人が窓から狙ったのだろうか?否、ここには窓がない。
明らかに言葉が現状と合ってないさまに出久は首を傾げるが、黒霧の方はきょとんと目を丸くする出久の顔を見ると「ああ」と呟き、目をすぼめた。

「死柄木。とりあえず驚かせているので落ち着きなさい」
「…あ、ああ……」

壁に体重を預けることでよろよろと立ち上がり足取り重く椅子の方に帰ってくる死柄木に出久は心配を覚える。

「だ、大丈夫ですか…?」

死柄木は椅子に座ったはいいものの、出久を凝視して静止している。
なんなんだこいつは、会って間も無く挙動不審をされれば誰だって引くのは間違いないだろう。出久は顔をきひつらせた。
その様子に気付いたのか死柄木は放心に近い意識から急に覚醒し、何事もなかったかのように黒霧に「それで、先生はいつ会えるって言ってたんだ?」と言う。

グラスを親指と人差し指の二本で持って中の氷をからんと揺らすが、全くもって格好がついていない。
黒霧も引いたのか、若干背中を逸らしている。顔が見えたならそこには出久と同じように、乾いた笑顔を浮かべているのでだろう。

「は、はい。いつでもいい、とおっしゃっておりました」
「じゃあ今からでも?」
「いつでもいいとの事ですので」

黒霧の言葉を聞き届けた死柄木は、若干高めに設定されている椅子から再度ひょいと降りて、出久に「行くぞ」と言う。

すると瞬間、死柄木の口から黒い泥のような液体がでらでら溢れ出し、彼自体を包む。と、その前に死柄木は僕を抱き込んで、僕も一緒にそれに包まれてしまった。
もう何が起こったかわからない惨事に目を白黒させ、驚きを叫ぼうとするが声に出ない。漆黒の泥の中パニック状態に入った出久は、糸がぷつりと切れるかのように意識を手放した。







____目を開いてみれば、さっきと全く別の場所。
きょろきょろと辺りを見回す。まるで廃ビルの一室のようで、古めかしいコンクリートが四方を包んでいる。角の方はぼろぼろで割れが存在していて、もう壊れそうな雰囲気だ。

「あ、起きた。びっくりして意識トんじゃった?ここは先生との待ち合わせ場所」

背中の方で彼の声がして、振り向いていると便所座りの格好でしゃがみこんでいる死柄木がいた。さらにその背後には、大きくてがっしりとした体格の男性がいる。
出久はその男性の顔を見た瞬間、口をはくはくさせて言葉を失った。
目が。ぼこぼこと隆起した組織で覆われている。眼球が見えないのだ。

「こんにちは、緑谷出久くん。黒霧の説明だと、出久君は敵の立場でヒーローになってくれるんだって?」

見えている口がニタニタと笑っている。
不気味としか感じ取れない表情に出久は依然として驚いた顔で、聞かれるまま「は、はい」と述べた。

「だから個性をあげなきゃって話しだったんだよね。了解だよ。うーん、ヒーローになる為の個性…戦闘向きがいいよね…赤外線とかはやめといた方が…」

唇に手を添え考え出した“先生”。
しかし解答はすぐに見つかったようで、腕を組んで楽しそうに言葉を紡いだ。

「そうだ!!“空気を押しだす個性”をやろう。近距離でも遠距離でも可能だし、使い方を考えれば十分トップヒーローになれる。僕も割とよく使うしね」
「え!!よく使うような個性、貰っていいんですか!」
「ああ。君にはあの雄英に合格して貰わなきゃならないからね。投資だよ」

にこやかに近づいて来た“先生”は出久の頭に手を当て、ぽんぽんと軽く叩く。
出久はこれを驚いている自分の心を和らげる為の動作だと思っていたが、違ったようだった。

「さあ、これであげられたと思うよ」

彼は叩いた手を彼の胸の前に持ってきて、グーパーと握りしめる。
…え??いつ?どうやって?何か人体改造は行わないの??と目を点にして疑問で頭を埋め尽くす出久に向かって、ちょいちょいと指で“こっちにこい”という動作をする。
出久はそれに従い、立ち上がった。

「さあ、この手に向かって拳をぶつけてごらん」
「え?この距離で?」

“先生”と出久との距離は5メートル程ある。物理的には無理であろう。

「大丈夫。そこからちょっと、振りかぶってみるだけでいいんだ。」

彼の言葉に従って、大きく振りかぶって拳を空中にぶつける。すると直径30センチ程の巨大な空気の波動のようなものが、彼の身体にズドンと当たった。彼は呻くが、倒れたりはしなかった。出久は手をわたわた動かしながら謝罪の言葉を並べた。

「わあ!!!ごめんなさい!!」
「ほぉ…流石人間相手に殺しをした経験がある女だ、筋力はあるな。威力は重いし幅も大きい。うん、着実に稽古したらすぐに扱えるようになるさ」

“先生”が実直に感想を述べてくれる。出久はそれを聞き、呆然と自分の掌を眺めた。

_______個性が、手に入った。
そして自分がそれを自由に扱えることになった。
人体改造やその他危険な所作無く、簡単に貰うことが出来た。
手に入れてしまえば危惧していた虚無感はなく、これまでの積み重ねである悔しさや悲しさを、全て弾き飛ばしてくれるような嬉しさだけが心に満たされた。酸味も甘みも十分に含まれたその感情は、さっき飲んだオレンジジュースのようだ。

知らずと涙が溢れてくる。
これまで個性を妬み、無個性を恨んで殺しという八つ当たりを繰り返してきた。それは自分でも、取り返しのつかないことだと自覚している。
しかしその狂おしい感情が、全て取り払われたのだ。
目の前に広がるのは灰色の雲ではなく真っ青な空。そんな感覚だ。晴れ渡る美しさに身を包んで、出久は絶対にこの恩義を返さねばならぬ、と強く思った。

「…ありがとう…ございます…!!」
「いいんだよ、出久君。…さあ、君には此れを着てもらおう」

そう言って渡されたスーツ。これはさっきのバーに居た、黒霧と同様のものだった。違うのは、ズボンが膝少し上くらいのプリーツスカートになっているという点か。
出久は周囲が男ばかりというのを忘れて、実感するように、ゆっくりと、それに着替えた。ボタンを留め、ネクタイを締める。
全て着終わったら、待ってましたとばかりに死柄木が出久の肩を掴んで、自身の肩と並べた。

「ようこそ敵連合へ。ヒーロー科志望、緑谷出久」


「よろしく、お願いします」




出久は覚悟した。
これからの敵としての生活。それに伴う危険な日々。全てに立ち向かっていく覚悟を。

そして10ヶ月後、雄英受験実技考査で出久は爆豪を抑えVillainポイント43、Rescueポイント60という結果で無事、首席入学を果たすことが出来た。








「行ってきます」

そうして迎えた入学初日。
黒霧や死柄木に挨拶をして、バーの入り口を開ける。

「行ってらっしゃい、緑谷」
「…ほんとに行くのか?出久…」

これからの新生活の、期待の一歩。
それを踏み出そうとするけれど、死柄木が腰にぐたりと抱きついてくることで阻まれた。

「もう!!離して弔!」
「ぃやだ…昨日までずっと一緒だったじゃないか…」
「中学卒業して春休みだったからね!!いまからまた始まるの!ちゃんと学校終わったら直帰してくるから!」
「俺も通う…」
「そんな歳じゃないでしょーが!!」

奥のカウンターで黒霧が呆れた顔で見ているのがわかる。同感だ。
何故こんなにも懐かれてしまったのか。
あの出会った初日から、死柄木は出久と離れることを良しとしない。
黒霧は理由を知っているようで、聞き出そうとするが「そんな野暮なことはしませんよ」とだけ言って何も教えてくれない。
取り敢えず好かれているのはいい事だ。ただ、こんなに全力で引っ付かれるのは非常に邪魔である。

「……はぁ…ねえ死柄木。僕達約束しただろ?僕にも敵連合への恩義はしっかり果たしたいし、絶対に破らないよ」
「…本当か」
「うん、ほんとう」

出久は腰に絡みついている死柄木の腕を取って、面と向き合う。
そして小指と小指を絡ませて、笑顔で言った。

「絶対に、何があっても此処に帰ってくる。此処を裏切らない。…それを証明するために、」
「『俺と出久は結婚する』…。」
「ん、約束。僕はいずれ君の物なんだよ?」

正直、政略結婚のような部分もある。
ヒーローは敵と対峙する仕事だ。奥が一にでも此処を裏切る可能性がある。
だからもし裏切った時に、敵連合のボスと結婚している事実を世間に知らせる事で、僕をヒーローから引き摺り下ろすのだ。その為の約束。担保のようなものだ。
別に僕は、死柄木が嫌がっていないのであれば拒否しない。この命は、敵連合の為に賭けると決めたから。

出久はぱっと死柄木の手を離すと、足早に家を出た。また抱きつかれたら困るからだ。

「言ってきます!」
「っあ!….出久、….…ぜった」

そんな悲しい声を出されると罪悪感を抱いてしまうが、仕方のない事だ。
死柄木の声が続くが、それはドアの閉まる音によって掻き消された。





「絶対、“向こう”に惚れるなよ…」





死柄木が不安なのは、出久が学校に行く事でもヒーローになることでもない。
只々、出久の心を盗み取られるのか怖いだけだ。
今出久は殺人鬼でも敵側であっても、本質はヒーローに近い心を持っている、と死柄木は思う。闇に染まったような方の気持ちは後付けなのだ。だから、同じような心を持つヒーロー側に惹かれるのは自然な運びとなるだろう。
そもそも、こちら側にいるのがおかしな人間なのだ。その屈強で美しい純粋な心は、周囲の人々をどれだけ勇気付けるか。


「はぁ…折角『結婚』という立場を確保してあげたんですから、もっと恋愛的に好かれる努力をしなさいよ」
「…してるつもりだ」
「それじゃ只の子供ですよ!!」
「うるせぇ!!!…ちょっと跡つけてくる」
「そんなだからですよ!…もう…」





***





勝己は困惑していた。
一年前程前まで無個性だった出久。なのにこうやって日本最高峰の雄英に入学している。
何かトリックやら何やら使ったのかと考えるが、そんな子供騙しで雄英に受かるはずがない。

そもそも、元から出久は何が得体の知れない奴だと思っていたのだ。
いつものように虐めていると、たまにまるで殺気を込めたような目で見てくる。
まるでその“殺気”に関するなにかを経験してきたような、勝己が言える事ではないが『マジモンの目』だった。
その時は凄んでしまうが、それで睨まれるのはほんの数秒だ。だから勝己は、その事を出久に特段突っ込まずにいる。

「ぜってぇなんかあるはずだよな…」

幼少期はこんなもんでは無かった。そうだ、中学に入ってからだ、あいつが根本的に変わり出したのは。

…まあ自分も、変わったと言えば変わったんだから、人の事も言えないか。

勝己は幼少期、それこそ個性が発現する前から、出久を激愛していた。
湾曲した愛情表現が遂に暴力という形となって出久を虐め倒し、そして結局は愛に被さった加虐心が心を蝕んだ。
中学の頃になったらもう勝己は愛を見失い、ただ暴力を振るうだけの存在と出久を改めてしまったのだ。

…まあしかし、ここまで通学する場所が一緒だと冷静になってくるというものだ。
大人に近付いた自分は自身の悪魔めいた心を少し落ち着かせた。すると見えてきたのは、これまで覆い被さって見えなかった一つの愛である。

「ちゃんと、優しく…」

勝己は出久に、可能な限り優しくしようと決めた。只この男、決意しただけですんなり態度を急変することが出来る人格ではないが。




***





出久は緊張していた。
目の前にあるのは大きな扉。個性に合わせたバリアフリー加工なのであろう、出久の身長をゆうに2倍は越していた。
少しの間扉の前で開けあぐねていたが、遂に覚悟を決めてガラリと開く。
_____どうかあの恐ろしいかっちゃんとは違う教室に…!……と、心で願うが、現実は思う通りにはいかない。
教室で自席の机に足を上げ座っていた勝己は出久と目が合ったかと思うと、チイッと大きな舌打ちをし目を80度くらい目尻を吊り立てて怒った。まるで般若のようだ、いやそれ以上。
そして何を思い立ったか椅子から大袈裟に音を立てて立ち上がり、ゆっくり、ゆっくりと外股で出久の目の前まで現れた。
鼻先がくっつくくらいまで近付いて、低く唸る声で「よお」と言う。

「久しぶりだなァ、デェェェク」
「…やあ。久しぶり?というか、合格報告ぶりだね、かっちゃん…」
「うっせぇ細けー事は良いんだよ!聞かせろや…お前が何で此処で俺を抜かし!首席合格してる理由をよォ!!!」
「やめないか君たち!入学初日に!」

まるで路地裏で金を毟り取るヤンキーと取られるひ弱学生のような図になっていたが、眼鏡でがっしりとした体格の青年が止めてくれた為、この後は勝己の舌打ちのみで解放された。
勝己は不機嫌なまま自分の席に戻り、立った勢いで倒れてしまっていた椅子を直す。
大方、先生が来た時自席の椅子が倒れていては何か言われるかもしれない、と考えたのだろう。まったくみみっちいものだ。

ここで、その衝突を宥めてくれた青年と仲良くなった。彼は飯田天哉という名前らしい。これから飯田くんと呼ばせてもらうことにしよう。
その後入試での0ポイント仮想敵の関係でお互いの顔を知っていた麗日お茶子という少女とも自己紹介をして仲良くなり、三人でこれからの入学式はどんなだろうと取り留めのない会話を繰り広げた。

しかし、会話の内容であった入学式は存在しなかった。教室に先生が入って来ると第一声で言い渡されたのは、体操服着用にて運動場集合という言葉。
なんと入学して最初の活動が、個性把握テストという中学での新体力テストの個性使用可能版であることは、誰も想像つかなかったことだろう。
最下位除籍処分。なんか面白そうと盛り上がる生徒達に容赦なく出された試練。
しかし出久は特にそれを気に病まなかった。
それは、自身の個性に対する自身の現れ。
先生から貰った個性を、誰より強いと信じているからだった。

それは結果にも表れる。
50メートル走では空気を押し出した反動で2秒台。握力も指先に集中して空気を押し出したことにより測定不能を叩き出した。
他にも長座体前屈や上体起こしの様な個性が使いにくいもの以外は全てトップクラスの成績を維持し、見事把握テストで総合成績一位を叩き出すことが出来た。

「すっごいねデクちゃん!一位だって!」
「僕は君があの0ポイント仮想敵を倒した時から凄いと思っていたよ!」
「まじ!?緑谷あのでっかいやつ倒したのか!?」

麗日には勝己から呼ばれているあだ名が移って『デクちゃん』と呼ばれているが、頑張るって感じらしいので、いい。
一位になった事で、今日の朝喋られなかった人達とも自然に会話が出来、個性を使えている出久を見て一人口をはくはくさせて言葉を失っている勝己と興味のなさそうな轟以外は、皆と喋ることができるようになっていた。





下校中。
出久は、今日話せた仲間達の事を考えて頬を綻ばせていた。
クラスのみんな、いい人達ばかりだった。
虐められていた頃とは違う暖かな眼差しを向けられたことを思い出し、自然と口が緩む。
さっきも途中まで飯田くんと麗日さんとで帰ってしまった。本当に高校生の様だ。まあ、実際そうなのだが。

「これから、学校が楽しみだなぁ…」

「…ふぅん…出久が、とっっても嬉しそうでよかったよ…」

…皆と交差点で別れて、今は一人で帰っている筈である。
独り言に返事が来て、思わず柔らかな意識を張り詰めたものに変える。
でも、戦闘態勢には入らなかった。何故なら、その声の正体を知っているからだ。

「と、弔…」
「次世代のヒーロー達と随分仲良しそうだなぁ、出久」

やばい、と肌にピリピリとした空気が伝わって息をのむ。これは、これまでにないくらいに怒っている。
死柄木はこれまで出久にはしたことの無かった、首に手を回していつでも殺傷できる体制を取り、出久の動きを止める。
指も少ししか浮かされていない。つまり本気だ。

「ちゃんとミッション覚えてる?出久…仲良しごっこじゃないぜ?卵を潰すんだよ、つ、ぶ、す」

そう言って真下でせっせと足を動かしていた蜘蛛を足のつま先で踏む。ぐりぐりと動かした後足を上げればそこには、グロテスクなありさまの“蜘蛛だったもの”が、無残な姿で静止していた。

「あんまり深入りしすぎたらさぁ…俺嫉妬して、出久に変わって全員ぶっ殺しちまうかもなぁ!?」

耳元で語られる恐怖。それは一年前、死柄木と初めて対峙した頃のものと似ていた。
こういう状態の死柄木は間違いなく躊躇を忘れている。出久は生唾を飲んだ後、震えそうな声を必死に正して、小さく呟いた。

「わかってるよ…全員、一人ずつ潰していくから。弔の手は汚させないよ」
「忘れんなよ?その言葉。じゃあ帰ったらクラスの奴らがどんな個性持ってるか、報告しろよ」
「うん。丁度今日、みんなの個性大体把握したから」

死柄木はその縦割れが凄まじい唇を弧の形に歪ませて、「楽しみだなぁ」と言った。
それから先程の殺気が嘘かの様に何時もの甘えのある優しい口調に戻った彼に出久は六分の恐怖と四分の安堵を抱えながら、夕焼けがビルに隠れてオレンジと黒を作り出している風景を、二人で歩んだ。

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