ぼくたちのなつやすみ

約10000字

まえがき
学一年轟と出久のなつやすみの一週間。
轟君は田舎に住んでます。出久がいじめられて荒んだ心を癒す為夏休みにおばあちゃん家に来、その時にエンデヴァーが出動要請で一週間いない轟と出会うという話です。
ファンタジー要素有り。


井.上.陽.水さんの「少.年.時.代」という曲からイメージを得てます。この前歌詞の意味を調べて「風あざみ」という歌詞は少年を『「独立」「報復」「厳格」「触れないで」』というあざみの花言葉で表しているという考察を知り、これまじで轟じゃん滾る…!!!となって書きました。文才が無いからこの表現を表現しきれてないですが。
高校生になってからの話も書きたかったですが力尽きました。どうせ求められてないのでやめときます。


*轟出年齢操作
*色々捏造
*文章稚拙

これを把握していただいてからお読みください。



くたちのなつやすみ





僕は憂鬱になりながら車に揺られた。
斜め前の席で車を運転している母が、バックミラー越しに心配そうに見ているのがわかる。
僕は溜め息を吐いて、ミラーの母の顔を見た。間接的に目があった母は、ばつが悪そうに目を逸らす。

僕はずっといじめられてきた。個性が出現しないまま、デクと呼ばれ始めてずっと。
最近になってやっと全てに諦めがついてきて、抵抗もヒーロー志望もやめた。
いじめっ子達は僕が反抗して来ないのを知ると、まるで壊れたおもちゃの様に相手をして来なくなった。結局引きこもる最後の最後までいじめ倒してきたのは、かっちゃんだけだ。

引きこもり始めて、母はやっと僕が絶望したのに気付いた。ずっと隠し通してきたのは僕だが、そんなに気付かないものか。大好きだった母と一緒に摂る食事も、現在は部屋で一人で食べている。

そんな僕の態度を気に病んだ母は、僕を田舎に住むおばあちゃん家に夏休みのうちの一週間、泊まりに行かせる事を決めた。新しいきれいな空気を吸わせて療養を計りたかったのだろう。しかし、僕は拒否した。
でも結局こうして車に乗っているということは、この真っ暗な現実を変えたかった気持ちも少しあるのかもしれない。


「…着いたよ、出久。降りて。」


車がゆっくりと減速し、和風な造りの大きな家の前に止まる。バン、と車の扉を閉めて、その家の玄関に向かった。




母は祖母に僕を紹介したあと、用事があるようで足早に帰っていった。祖母は六畳の部屋を与えてくれて、基本自由にしていていいよと言った。祖母は広大な畑を所有しているらしく、その手入れで朝から晩まで時間を使うらしい。晩御飯の頃には帰ってくるが、早朝からいないので朝と昼は自分で作って、と言われた。

身近にいじめてくる者も、ヒーローが将来の夢だったことを知っている者もいない、新しい生活。
一週間限りだが、ここでは暗い気持ちを忘れて、本当の自分らしく存在してもいいかな。
そう思いながら、出久は縁側の窓を開けてあたたかなお日様の方へ背伸びをした。





まずはここ周辺の地形を知ろうと思う。
前向きに一週間を過ごすと決めたなら、ずっと部屋で過ごすよりちょっとばかしアウトドアになったほうがいい。

改めて外を歩くと、母がここに来させた理由がわかる。
家の近くの川やその源泉の山。どちらも神秘的なくらい美しくて、空気も美味しい。ひしひしと感じるマイナスイオンに、出久は確かに癒しを覚えた。

最初は山の麓を広範囲でうろうろしていたのだが、登山用にと人のつくった道があるのに気づくと、上へと向かって素直にそこを登って行く。
コンクリート補装されたわけではないが、きっちりと大きな石は横に退けてある。出久は歩くたび緑、赤、黄と色の変わる木々を見て、久しぶりに心を躍らせた。
暫く歩いて行くとだんだん日が沈み、暗くなってくる。
そろそろ下りて明日また登ろう。出久はそう決め、足の方向をくるりと変えた。




ドジな出久はこける可能性があるので、上りよりゆっくり慎重に下った。すると少し行ったくらいで、この道と分岐している細く、初見なら絶対に気付くことのないだろう道を見つけた。道の奥は緑に覆われて見えない。少し不気味でもある。

今日の出久は少し興奮していた。いつもとは違う、非現実的な景色に心躍らせていたからだ。
その為好奇心が先立ち、細い道に進む。
歩いていくうちにだんだんと細くなる道に少し不安を覚えるが、戻ろうという心は無かった。

道は細く、細くなっていき、しまいには道と呼べるものは消えた所で、さすがに恐怖心が増してきた。目の前は完全に緑一色で、この先が見えない。出久は帰ろうと足の向きを変えようとした。….が、足先はぴくりとも動かない。
と突然、ぐわりと何かに捕まえられた。
出久は何か、言葉では言い表せない不思議な感覚に手を引っ張られ、そのまま気を失った。

耳の横で何かがざわざわ言っている。
小さな少女が百人合わさったような高くてけたたましい声は、音量はでかいが痛むほど鼓膜を叩いたりはしない。
むしろずっと聞いていたくなるような女達の軽やかな笑い声に洗脳されながら、ゆっくりと向かわせられている方向に足を動かす。
ある地点に着いたかと思うと引っ張られる感覚は止み、耳の近くの彼女達の声もだんだんボリュームが下げられて行き、しまいには消えた。

ふと出久は意識を取り戻す。
女達の声に溺れて前が見えていなかったが、今周りを見れば大きな木だらけだった。
上を向くとそこはすっかり真っ暗になった空があり、ばらばらに光る星屑と月がらんらんと光り輝いている。
そして出久は気づく。ちょうど暗くて何も見えない目の前に、小さな祠があることに。
その祠の前で祈るように指を絡ませてそのまま倒れたように眠る、自分と同じくらいの歳の少年に。

いきなりの人の登場にわっと声を出した出久は、そのまま腰が砕けて尻餅をつく。
さっきまで上ばかり見て目の前のこの存在に気付かなかった。思わぬ急な登場で、出久が驚くのは無理もない。
このまま帰ってやろうとも思ったが、こんな真夜中に外で眠っている人間を放ったらかして帰るなど本来の出久が持つ正義心が許さなかった。
その場にしゃがんで、眠る少年を揺さぶって起こす。


「…んん…」
「起きた?……まだか。おーい、おー…、い……」


月の位置がゆっくり変わって、その少年の顔を照らす。今度は違う意味で驚かされた。
この少年、かなりの美丈夫だ。
髪の色は特徴的でさらさらとしている。鼻が高く肌も白い。片目に火傷の跡のようなものもあるが、それすらも全て美しい。
出久は見惚れて、葉っぱの上に正座をしてその顔を膝に持ち上げる。そのまま大きな火傷跡に、指を滑らせた。


「…きれい…」


そう言った瞬間、ぱっちりと目を開けた少年がそのオッドアイで出久を見る。
そうなった瞬間、出久は冷や汗を垂らし、心臓に急激な心拍数を与えた。
やばい。この行為は、いわゆる膝枕。
落ち葉の上に眠ったと思っていたのに起きてみればごつごつした男の膝に頭が置かれている。しかも自分の火傷を指で触って綺麗と言っているのだ。この行為は完全に、アウトだ。

あわあわと手を左右に振って「や、あの、これは」と弁明しようとする。しかし自分がこの行為を行ったのは少しでも下心があったからだ。うまい言葉も出てこない。
「うう…ぐう…」と声にならない叫びをあげていると、膝の上から頭をのかそうとしない少年が、出久の暴れている手を取って言う。


「おまえは…この傷が、きれいだと言うのか…?」
「え…?」


彼は手を伸ばしてきて、僕の頬に指先で触れた。
暫くぼーっとしていたかと思うと、彼は薄く微笑みを浮かべながら、こう言った。


「きれいだと言われるのは、初めてだ」
「そ、そうなんだ…」


彼ははっとしたかと思うと、「すまない」と言って頭を退ける。そして立ち上がり、正座の僕に手を差し出した。僕はその手を取って、ゆっくり体を起こす。


「…で、ここはどこだ?」
「え!?わからないで来たの!?」
「ああ。気付いたら勝手に…」
「ど、どうしよう。じゃあ帰り道がわかんないや」
「お前はどうやって来たんだ」
「な、なんとなく…勝手に……」


つっこんでおいてお前もじゃないか、というじろりとした目線が痛い。ごめんなさい。
彼は溜め息をこぼした後、周りをきょろきょろと見回した。


「今日はもう下山は無理だろう。真っ暗だしな。あそこに小屋のようなものが見える、あそこで朝が来るのを待とう」
「え、えええええ!?いや、わかるよ!?こんな真っ暗の中で光も月だけだし、山を降りられないのはわかる。だけどあの小屋…?」


たしかに小屋はある。だけど明らかに人の居住のために作られた小屋ではない。物置のような、本当に小さな小屋だ。


「あの小屋で眠ることは目的としていない。それともお前は、この草だらけのいつ雨が降ってくるかもわからない地で、一晩を過ごすか?」
「いえ、お供させていただきます」


仕方ない。来る途中まで意識を保てなかった自分のせいだ。あの小屋で一晩過ごすしかない。
少年の背中を追い、小屋へ入る。物は置かれていなく、ランプが一つあるのが幸いだった。
僕らはランプを灯して、小さな小屋で肩を並べて座った。スペースがないので、腕が当たるのは仕方のないことだと思う。

小屋に入ったはいいが、彼はコミュニケーションをとるのがあまり得意ではないのか、それとも僕と話すことを必要と感じていないのか、ずっと黙ったままでいる。しかし僕は、こんなに近くにいる人とずっと黙っている方が逆に気まずいタイプだ。彼にはどう思われようと、会話に乗ってもらいたいところである。


「き、君はどうして、ここに来ようと思ったの?流石に家から意識がなくて気付いたらここに、ってわけではないでしょ?」
「…お前はどうなんだ?」
「僕?僕は暗くなってきたから山を下りていたんだ。そうしたら、ちっちゃい道を見つけてさ。辿って行ってみたら途中から意識がなくなっちゃって、気付いたらここにいたよ」
「そうか…俺はこの山の頂上付近にある神社に神頼みしに行こうと思って麓に来ていた。気付いたらここだ」
「そっか…」


少年は、出久と同じように体育座りをしながら、膝の上で組んだ両腕に顔を埋めている。
“神頼み”の言葉から眉のしわが増えた少年はこれ以上深入りして聞いて欲しくなさそうだ。でも、出久の好奇心はここでも止まってくれなかった。


「神頼み…何を頼みに行ったの?」


少年はこっちを向いて睨む。さすがにやってしまったか、と思うが、これで無視されたら今度こそ会話は終わる。それは気まずい。
聞いてしまった手前、出久は彼の目を逸らさなかった。
これに折れたのは少年の方だった。



「……親父が、帰ってこねーようにって…今日から十日間、要請でいねーから」


言った途端、それを口に出すこと自体が嫌かのように顔をしかめた。


「そっか…嫌いなんだね、お父さんが」
「嫌いなんて一言で表せるもんじゃねーよ…クソ、思い出すだけで嫌になる…!」
「落ち着いて。もう聞かないよ、ごめんね、へんなこと聞いてさ。じゃあ、違う話をしよう」


そう言って出久はぺらぺらと話をしだした。オールマイトの話とか、ほかのすごいヒーローの話とかだ。彼はずっと、出久の言葉を聞いていた。


「そうか…お前は、ヒーローが好きなんだな。将来ヒーローにでもなるのか?」


彼はきっとこの問いかけに悪意はないのだろう。突然踏まれた地雷に今度は僕が口をつむぐ番だった。
でも、彼に嫌な話をさせたなら、僕も言わなきゃいけない。拳をぐっと握って、小さく口を開けた。


「ううん…僕はもうヒーロー志望じゃないよ。諦めたんだ」
「諦めたって…何故?」


彼はかなり躊躇なく踏み込んで来る。まあ、僕も同じことをしたから気を使わなくなったんだろう。普通は人にあまり喋りたくない話だが、自然と彼には話していいと思った。


「僕さ…無個性なの。それでずっといじめられて、『デク』って呼ばれて。それでもヒーローになる夢を諦められなかったんたけどさ、最近になってやっと諦めがついたんだ。僕がこの村に来たのもその理由。ずっと引きこもってたから母さんが心配して…一週間だけだけど、新鮮な空気を吸ってみたら
どうかって。」


全部言ってはっと気付く。言いすぎた、問われてないことも言ってしまった。でも彼には、全てを言ってしまいたくなるような、不思議な引力があった。
ぼくの話を聞いたあと、彼は納得したような顔で「なるほど」と言った。


「だからか。事情は違えど同じ種類の悩みを持つから…」
「…ん?、なんの話?」
「いや…俺は元々、あまり人と話したいって思うタイプじゃないんだ。膝枕だって普通は嫌だし、いつもだったらこの小屋にだってお前に何も相談せず勝手に一人で行く。しかもお前が俺のことについて聞いて来たとき、嫌なことを聞くなとは思ったけど、不思議とお前に嫌悪感は抱かなかった。
…なんかわかんねぇけど多分、俺らはどっかで同じで、そんなお前にどっかで魅かれてるんだ、と思う。」



彼の語りに驚く。結構恥ずかしいことを言うんだな、君は。でも、ちょっとした共感がある。僕も彼になにか不思議な力を感じていたからだ。きっとこうやって巡りあったのも、何かの縁じゃないかと思えてくる。
彼は唖然と口を開いた僕を気にせず、続けて語った。


「俺はさ…親父にずっとヒーローになれって言われてるんだ。毎日吐くまで稽古させられて、ずっと怒鳴られてる。五歳の頃からだ。母さんはそんな親父に反対してくれたが、今度は家庭内暴力が行われることになって…精神を病んだ母さんは、俺に煮え湯を浴びせた。
…とりあえず俺は、ヒーローになるつもりは無ぇ。お前と経緯は違うが、俺も似たような意思を持っている」


彼はどこか遠くを見つめて、淡々と語った。僕はなんだかその目に強い悲しみが宿っていると感じたけど、彼にかける声が思いつかなかった。


「なあ…お前みたいなやつと、俺は初めて会ったよ。名前は?」
「み、緑谷、出久….。」
「そうか、緑谷。俺は轟焦凍」
「轟、くん?」
「ああ。…もし、お前が良かったらだが…また、俺と会ってくれるか?」


並べられていた肩が向き合われる。
真正面からその端正な顔を、真剣な瞳を、見つめる。何故か男同士なのに、胸の鼓動が大きな音を立てて止まなかった。


「…勿論だよ、轟くん」


いつの間にか夜は開けていた。小屋の隙間から光が差し込み、僕たちを照らす。
ピチチチチチ、と聞こえる小鳥たちのさえずりにも耳を貸さない。僕らはただ、お互いを見つめあったまま静止していた。









轟くんとの不思議な出会いから一日経った。あのあと直ぐに帰り、畑に行く直前だったおばあちゃんに昨日の晩いなかったことを謝罪した。おばあちゃんは「男の子なんてそんなもんさ」と笑って許してくれた。優しいおばあちゃんだ。
誰もいない居間で僕は昨日の夕飯の取り置きを食べ、ずっとあの出会いをぽーっと頭で反芻していた。

轟焦凍くん。とても落ち着いた子で、とても美しかった。
明日またあの祠の前で会うという約束。僕にとって明日までの24時間の流れはとても遅くて、もう待っていられないと思いながら昨日とれなかった睡眠にありついた。





やっと約束の場所へ出発する時間になった。
祠の場所は昨日の帰りで覚えておいたから、割と迷わず行けた。割と。
僕はわくわくが止められなくて、待ち合わせの30分前についてしまう。が、もうそこには轟くんがいた。


「ええ!?もうついてたの!?もしかして待ち合わせ時間勘違いしてたかも…ほんと待たせてごめん!!」
「いや、ちがうんだ。俺が1時間早く着いただけだ。なんかわくわくしちまってな」
「…!!うん!僕もわくわくして、早くきちゃった!…ん?い、1時間!?」


彼は驚く僕を見て微笑みを浮かべ、僕の頬を手で擦った。


「緑谷…顔に土、着いてる」
「えぇえほんとだ!あれかな、来る途中、ちょっとだけこけちゃったからかな…?」


慌てて百面相する僕を見つめたあと、轟くんは僕の髪をくしゃくしゃっと撫で、「今度から待ち合わせで山はやめておくか」と言った。僕は平然と次がある事実に心があたたまる。


「…それで、轟くん。今日はどこにいくの?」
「ああ、上の神社に行きたい。昨日行きそびれたからな。」


そう言って彼は、道のある方へ歩き出した。僕もそれについていく。

轟くんが言うに、その神社は僕が見たら飛び上がるくらい綺麗らしい。
わくわくして彼の背中を追う。彼は定期的に僕を見ながら、ついてきているか確認する。
なんだかチラチラ見られるのがかわいい。
こちらを向くたびにニコッと微笑んでやる。彼はそんな僕を見て、ちょっと笑ってくれる。そのやりとりが、たまらなく幸せだった。


(なんか……なんだろう…好き、なのかなぁ…)


やっぱり、好きじゃないのにこんな感情を持つのはおかしい。
見られるたびにかわいいと思う。やりとりがとても幸せに感じる。
ふと出会って初日の、月光を浴びた轟くんを思い出した。あの時だ、僕が君に心を強く打たれたのは。
いや、もっと前なのか?もしかして、意識を失ってた時に聞こえたあの声は、彼に導く声だったんだろうか。
それだったら、なにか他のものが、僕らを導いてくれた_______…??



…いやいや、考えすぎか。
頭を必死に動かしていたせいで足は止まっていたらしい、上にいる轟くんに「どうしたんだ」と聞かれる。顔を横にぶんぶんふって『大丈夫だよ』の表現をすると、彼はふっと笑って、また前を歩き出した。

彼はあの日、何に導かれてあそこに来たんだろうか。
僕みたいに、女の声が聞こえたんだろうか。
教えてほしい。どうしても、彼との出会いの訳を知りたくなった。









「わあ、綺麗だ…!!」
「だろ?緑谷なら言うと思った」


そこは、鳥居の鮮やかな朱と石床の白の、絶妙なコントラストが目にくる美しい神社だった。赤と白の主張を緩和させるように、目を癒す緑が社を飾っていた。


「凄いね。今神社が建てられるって、あんまり聞かないな」
「ああ、この神社は再建なんだ。昔はほんとにおんぼろだった。ここの人が金を出して、やっと最近になって再建が完了した。するなら豪華な方がいいと言っていたが、これは豪華すぎる気がするよな…」


たしかに、とちょっと笑う。神を祀る場所は、ちょっと古いくらいが風情があるというものだ。


「ここはなんの神が祀られてるの?」
「えーと…知っていたんだが………すまない緑谷。忘れてしまった。」
「いやいやいや!!いいよいいよ!!」


もしかして、縁結びの神様ではないでしょうか、なんて。


「あ、でも二体の男女の神が祀られているらしい」


…ありうるかもしれない。







その後参拝を終わらせた僕と轟くんは、神社の裏側にある階段に腰を下ろし、黄色いリュックから取り出した僕特製のお弁当を食べる。
引きこもってた一ヶ月間で磨いた料理テクは僕の唯一自慢できる点だ。この前のまた会う約束の時、ぜひご馳走したいと彼に申し出たのだ。


「ねえ、神社の敷地内でご飯食べて大丈夫かな?」
「問題ねぇだろ、夏祭りには屋台来るじゃねえか」
「それもそうか」


男二人だから、おばあちゃんに頼んで少し小さめの重箱を出してもらった。1段目と2段目がおかず、三段目がおにぎりだ。轟くんは僕が最初の一段を開けた途端、目を輝かせて喜んでくれた。


「緑谷、おまえ天才か…??」
「あはは、もし天才になれるんならヒーローになる才能が欲しかったな」
「この海老天食べていいか?」
「どうぞどうぞ」


初対面から腹を割って話したおかげで、ブラックジョークも気まずいことなく流される。
幸せそうに海老天を咀嚼しながら「うまい」と話す轟くんの、その顔だけで僕はお腹がいっぱいになりそうだった。

轟くんの大健闘ですっかり空っぽになった重箱。僕は少しでお腹いっぱいになっちゃったから、残りの全部を食べてくれたことがすごくありがたい。そして嬉しい。

すると何を思ったか満腹で幸せそうな轟くんは、僕の膝の上に頭を置いた。膝枕である。
僕はここで普通固まって、破顔して照れてしまうのだが、あの日の情景がまた頭の中でリフレインし、顔に感情を出すことすら忘れてしまう。

本日二度目だ。あの月光の君を思い浮かべるのは。



「この前は、出会った時がこの体勢だったな」


どうやら思い出していたのは僕だけじゃなかったようだ。
その節は本当にごめんなさい。君に見惚れて、いつのまにかそれをしてしまっていたのだ。不慮の事故みたいなもんなんだ、まあ下心がないとはいえないけど。
頭の中でぐるぐると考える。それが口から漏れていたようで、「それは嬉しいな」と言われた。恥ずかしくて五時の方向を向く。


「…俺も、あのときおまえに見惚れていた」


え。
急な投下に僕の心は爆散する。
何を言ってるんだ君は。まあきっと、僕と君では言葉の重みが違う。


「俺が目を開けた瞬間、星屑とともにおまえが光って見えたよ。おかしいよな、周りは真っ暗なのに」
「え、ぅあ、そ、そうなんだ…」


君に一目惚れを患っている僕に、易々と期待させるようなことを言うのはやめて欲しい。
君は友達の延長でこの膝枕や甘い囁きをしているのかもしれないが、こっちはホモに成り下がった引きこもり野郎だぞ。
冗談もまともに言える友達がいなかった僕に、気の利いた友達らしい返事など出来なかった。


「…緑谷。俺が気持ち悪いのか?」


きっと、返事が素っ気なくなってしまったからだろう。轟くんは不安が混じる声で、僕の名を呼んだ。
なんだ?これはからかわれているのか?
僕には人に好かれた試しがない。恋愛的な意味でも、友情的な意味でも。
だから、僕がこんな高嶺の花のような君に好かれる筈がないのだ。


「やめてよ、轟くん。そんな冗談…」
「冗談じゃねぇ!!!!」


轟くんはぐわっと起き上がって、僕の肩を掴む。勢いで近くなってしまった顔に僕は引こうとするが、轟くんがそれを許してくれない。


「なあ、好きって言ったら。一目惚れって言ったら、お前はどうする…?」


_______僕はそれを聞いた途端、理解した。
僕は考えたことを口に出してしまう節があるから、きっと彼に僕のさっきの思考「僕が一目惚れを患っていること」というのが聞こえてしまっていたのだ。だから、おもしろがって僕の気持ちを確かめるような真似をしている。つまりのところは、ホモをからかいたいのだ。
やめて欲しい。君がこんな僕に一目惚れなんてするはずないのに、分かりきったような嘘をついて。
何もかも諦めたような僕を好いてくれる人なんか、この世で誰もいないんだ。


「……….めてくれよ」
「…今、なんて?」
「やめてくれって言ってるんだ!!!僕の気持ちを弄んで!!ああ好きだよ、でも好かれてるとわかったらからかうのか!君もあいつらと同じだったんだ!僕をいじめた、あいつらと!!!」
「落ち着け緑谷!!!!」
「落ち着いていられるか!!!…信じてたのに。君は、僕を裏切らないって…!!」


僕は重箱をそのままに、神社から飛び出していた。
本当はこんな酷いことを言うつもりはなかった。だけど、口は動くのを止めてくれなかった。
後ろから追いかけてくる気配もない。やっぱり、からかいだったんだ。
逃げる為必死に腕と足を振る。すると、腕の方に水がぱたりと付いた。
雨か。そう思って上を見上げる。しかし、天気はさっきと変わらず青いままだ。
そしてその水が、自分の目から垂れていることに気がついた。拭っても拭っても、このしょっぱい水はとまらない。


「くそっ…クソッ…!!!」


涙を流してしまえば、僕をからかいたかった彼の思うツボではないか。止まれ、止まれよ。…止まって、ください。

結局家に帰ってもこれは止めることはできなかった。自分の体も制御できなくさせるなんて、やっぱり君はすごい奴だ。
おばあちゃんが帰ってきたくらいになって、やっと止めることができた。
赤く腫れた僕の目の下を見ておばあちゃんは「おやまあ」と言っただけで、他は何も言わず保冷剤だけを渡してくれた。感謝の言葉を述べてそれを目にあてがい、夜ご飯を食べる。

此処に来て3日目。7日目の朝にはもう母は迎えに来るから、実質は残り3日。

無くなってしまった明日への楽しみ。残りの日はどう過ごせばいいか考えると、また涙が出て来そうだった。













ここに来て5日目。天気は晴れ。
4日目は自暴自棄になって、此処に来て初めて引きこもりをしてしまった。
今日も荒れた心のままで昼食をとる。やる気が出なかったので夏野菜のサラダのみだ。
何もかけずにもしょもしょと葉を食していると、玄関からピンポーンとベルの音がする。
___回覧板かな。
この家にはポストたるものが無いので、回覧板を回して来る人はこの家に誰もいないとき、持ち帰ってもう一度回してもらっているとおばあちゃんから聞いていた。もう一度回してもらうのはとても相手にとって負担だろう。迷惑はかけたくない。
ゆっくりと玄関に行き、昔懐かしな引き戸に手をかける。
ガラガラガラと音を立てて開き、前もまともに見ず手だけ差し出した。

…回覧板を受け取るために出した手だが、キュっと握られる。ちがう。握手ではない。
ここは過疎化が進んでいるので、高齢者が多い。これはよくあるボケなのだろう。


「あの、すいません。回覧板___ 」
「この家か…探したぞ、よぉ緑谷。2日ぶりだな」



体感温度が一気に下降する。気持ち的な問題だと思ったが、逃げられないようにか握られた手の周りが氷結している。単純に物理的な冷たさだ。

逃げた時に追いかけて来なかった時点で、からかいはもう終わっていたのかと思っていた。まさかまだ続いているのか。


「…お前が誤解しているのは知ってる。そんで、今はどう弁解しても断固として認めてくれないのもなんとなく感じる」
「じゃあ帰ってよ。そろそろからかいも長いよ。」
「だから、俺は証明したい。お前が認めざるを得ないくらいに、俺の気持ちを見せつけてやる」
「今見せつけられてるのは君の素晴らしい個性だよ。いいね、その個性。最高だよ。さっさとこれでヒーローになって来ればいいさ、僕をからかうんならその方が効果的だよ」


轟くんははっとして氷を溶かす。でも溶かした頃には、僕の右手は完全に神経が麻痺していた。


「…ごめん」
「その気があるなら早く帰ってよ。僕まだご飯の途中なんだ。」
「…わかっている、帰るさ。でも、その前に」


轟くんの、もう片方の手で握られる。暖かい手だ。僕の手の神経は少しキーンとした後、元に戻っていった。


「俺のことがまだ好きな気持ちが少しでもあるんなら。明日の夕方6時、あの日の祠の前で待つ」


ぱっと離された手。轟くんは僕の顔を悲しそうな表情で見た後、背中を向けて去っていった。









「そんなの、行くわけないだろ…」


6日目。PM.5:00。
祠に行くまで随分登らなきゃいけないから、軽く1時間はかかる。僕がこの時間に家にいるって事は、つまり行かないって事だ。
当然だ。逆になんで行くと思うんだ。
どうせ、来た僕を遠目で観察して、ケタケタと笑うのだろう。先は見えている。
そうだよ。君は祠の周りに乱立してる樹に隠れでもしながら、僕をニヤニヤ待ってるんだ。
もしかしたら、この村の仲間とでもいっしょに。ぼっちな僕を、笑いに来るんだ。

きっとまた、あの日のように1時間前くらいにその場所で待ちながら________



待っているのかな。今日も彼は。










2回目に会ったあの日。
彼は1時間前に来て、僕を待ってくれていた。
そして目があった瞬間、綻ぶような笑みを見せてくれた。

彼は本当にいじめっ子たちと同列なのか?
彼は本当に僕を裏切っているのか?
僕の暗い価値観を彼に押し付けていないか?
僕は彼と本気で向き合わなくていいのか?



考えが纏まらない。結局こうやって直前になると、僕はこれでいいのかと悩んでしまうんだ。
きっと僕の知っている彼は、僕が来なくても日が跨ぐまで待ち続けるだろう。
でも僕の新しい理解の彼なら、1時間もすると帰ってしまうんだろう。

正直どちらかは全くわからない。わからなくなった。
僕をからかおうとした彼。僕を追いかけなかった彼。僕に微笑みかけてくれた彼。僕に見惚れたと言ってくれた彼。
色々ごちゃごちゃ混ざり合ってもう判別不可能だ。一から理解しようとしても一がなく、もう十からしか受け付けてくれないからお手上げだ。

大暴走を起こす頭の真ん中でここだと存在を叫ぶ一つの気持ち。
それは、裏切られたくない、もう傷つきたくないと叫ぶ黒波から離れて光る、美しい感情だった。

_____もう裏切られても、傷ついてもいいから、彼を信じてみたい。


僕は結局、こうなるんだ。吹っ切れた先に、僕に灯るのは笑み。
思考の黒波からその気持ちを掬い取る。すると、荒々しかった脳内が、一瞬で静かに揺らぐ只の水となった。


さあ、向かおう。

僕はめかしこんだりせず、この普段着のまま外へと飛び出した。












PM.6.55。
僕の人生の中で1番長い遅刻だ。誰もいないと傷つく覚悟でここに来たが、彼は祠の真ん前で俯いて、静かに座っていた。


「…轟、くん」
「…みどり、や…?…!!緑谷ッ!!!来てくれたのか!!」


放心していた彼は僕の姿を目に捉えると、虚ろな目をすぐに見開いて立ち上がる。そして、気まずそうに佇んでいた僕をこれでもかという力で抱きしめた。

僕は泣きそうになった。
勝手に人間不信を極めて、彼を疑った。彼はこんなに強く、僕を抱きしめてくれるのに。


「ごめんね、轟くん。遅刻して…」
「いいんだ、来てくれるだけで!ああよかった、来てくれた、あぁ、ああ!!」



耳元で感嘆するような大声を出され、耳が痛い。だけど必死な彼が嬉しくて、僕は彼の背中に腕を回して、抱きしめ返した。


「あと、君を信じなくてごめん。気持ちを疑ってごめん。なんか、臆病になっちゃったんだ」
「結果的にお前が来てくれた。だから、俺はこれで十分だ。…あと、俺が急ぎ過ぎたのもあると思うから。会うのも2回目だったのに、急にあんな、変なことを言ってごめん」
「ううん!!嬉しかったよ、僕は!!それに______ 」



ドォン!!!と大きな音が聞こえて、僕は急な事に驚いて肩を揺らした。
轟くんはわかってたみたいで、驚いた僕を見て少し微笑んだ。そしてゆっくり、体が離される。


「今日はこの山の麓の川で花火が上がってるんだ。打ち上げ場所、ここから近いからな」


そう言って彼は僕の手を引っ張り、祠の更に奥の方へ進む。もう辺りは暗くなっているから、少し怖い。
ちょっといったところで、彼は立ち止まった。そこは崖となっていて、さっきまで所狭しと並んでいた木々がぶわっと開き、丁度花火の絶景スポットと化している。
僕たちはそこでぼーっと、花火を眺めていた。


「すごい、綺麗…」
「この前、この場所を見つけたんだ。今日の花火大会のことは元から知っていたから、お前とここで花火を見たいと思った。2日前に誘うつもりだったんだが…急に家に行ってしまって、すまない」
「ううん、来てくれてありがとう。轟くんくんとこんな景色見れるなんて…なんか凄い、ぐわっとくるよ」
「ぐわっと、か…俺もそれだ」


二人で顔を見合わせて、くすくす笑った。
花火が僕たちの横でバンバンと上がっている。

花火は綺麗だ。でも、花火の色を白銀の髪に映す轟くんは、もっと綺麗だ。
あの初めて会った日のように、彼の顔に見惚れる。彼も頬を少し赤く染めて、口を少し開けた間抜けな顔で僕を見ている。

なんだか花火の音がさっきより遅く聞こえる。時が止まったように感じる。僕はいつまでも彼の顔を見ていられるな、と思った。
彼が僕の顔の横に手を添える。鼻先がぶつかりそうなくらい距離が近くて、血の巡りが速くなっていくのがわかる。
花火が終わってほしくない。明日が来なかったらいい。
ずっとこの村で、君と一緒にいたい。
君は覚えているだろうか、僕が一週間だけここにいる、と言ったことを。
明日、帰ってしまうということを。


「轟くん…僕、ぼくね、明日の朝帰っちゃうんだ。ここよりずっと遠い、空気が汚い街に。」
「…ああ。わかっている。一回お前から聞いたからな。」


彼は本当に悲しそうな顔をした。真顔だったらまだましなのに、少し笑っているからこそ哀愁が漂っている。

ああ、君が好きだ。何よりも君が好きだ。
遠く離れてしまっても、ずっと好きでいられるくらい愛している。


「ねえ、轟くん。手紙か電話か、また出来るかな…?」


轟くんの僕に触れる手に、自分の掌を重ねて言う。彼は少し考えた後、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「俺は今、親父がいねーからこうやって自由に遊べてる。だけど3日後、親父が緊急要請から帰って来たら、また稽古が一日中続く。あのクソ親父のことだから、お前と連絡を取るのも許してくれねーと思う。…だから、連絡先知っても…何も、返せねぇと、思う…」

「…そっか。」
「だから、これ」


あまり悲しい顔をしては駄目だ。そう言って、笑みきれていない笑顔を向ける僕に、轟くんは何かをポケットから取り出し、僕に渡す。


「これ…ネックレス…?」


じゃらりと音を立てる細い鎖のチェーン。真ん中のロケットペンダントは凄く冷たくて、開いてみると小さな氷の結晶が入っていた。


「お前がこれをずっと付けていてくれたら、きっと俺はお前を見つけ出せる。同じ夢を目指す同士だったら、きっとまた巡り会えるだろう」
「え?でも僕、夢なんて____ 」
「お前、ヒーローの夢、諦められていないだろ?未練ありありじゃねえか、わかりやすい」


まさか。そんなはずない。僕はヒーローを諦めたのだ。黒いものに押し潰されて、そんな気持ちは残っていないのだ。
……でも、今の黒波がない透き通った心ならわかる。僕はやっぱりヒーローが好きで、ヒーローへの憧れは止まらない。
僕はやっぱり、ヒーローになりたいんだ。


「だから、俺もヒーローになる。ドジなお前を同じ立場で支えられるように。ずっと一緒に居られるように」
「轟くん…」
「お前もヒーローになる為に高みを目指せ。俺もそうするから。そうしたらどこかでまた、会えるから」


心が歓喜でいっぱいになる。だんだんと彼に主導権を委ねられていく体。ゆっくりと近づけられ、僕らは柳型の花火の下でキスをした。
唇を触れ合わせるだけの軽いキス。僕たちはそれを堪能した後、ゆっくりと名残惜しそうに顔を離した。


「_____出久。愛してる」
「…うん、僕も。焦凍」


その後はお互い、腰に手を回しながら花火を最後まで鑑賞した。終わってからは、言葉を交わすことなく、手を繋いで懐中電灯で足元を照らしながら山を降りた。





「じゃあ、またな」
「うん、また今度」


轟くんは結局僕ん家の前まで送って行ってくれた。お互い手を振って、さよならの挨拶を交わす。
______またな、か。
きっと彼はいいヒーローになる。身をもって感じた半温半冷の力。威力を高めたら、とても素晴らしい個性となる。
僕は無個性だけど、夢は諦めない。だって、約束したから。僕も「もしや」を信じて、体力づくりと勉学に努めるとしよう。

だんだんと小さくなる背中を、ずっと玄関の前で見ていた。
彼は振り返らない。僕も、振り返ってほしくない。だってもし、また目が合ってしまったら、僕は泣いてしまいそうだったから。

おばあちゃんとご飯を食べて、この6日間の礼を言う。「ずっとここにいてもいいんだよ」と言ってくれるが、今そんなことを言われたら本気で考えてしまうのでやめてほしい。
明日はおばあちゃんが家にいるうちに母が迎えに来るので、早朝に車に乗ることになる。
だから早めに寝ないといけない。だけどやっぱり眠れなくて、僕は久しぶりの徹夜をした。










「それじゃあ。ありがとう、お母さん。体に気をつけてね。」


母はそう言っておばあちゃんに挨拶した後、既に車に乗っている僕に「ほら、出久も」と声を掛けてくる。


「…おばあちゃん。一週間、いろいろありがとう。初日はどこか行っててごめんなさい。…また来ていいですか?」
「勿論じゃよ、…今度は“彼”も連れておいで」


ぼわ、と顔が赤くなる。ばれていた。なんでだ、いつからなんだ。
体が固まる僕をみておばあちゃんは「おやまあ」と笑う。母だけ何もわかっていない不思議そうな顔で、僕らを見ていた。

僕の横に母が座り、車が発進する。
岩の多い道は体をがたがた揺らす。窓から見える景色を見ながら、濃い一週間の思い出をぐるっと反芻して、微笑んだ。


「出久。楽しかったみたいね、よかった」
「…うん、ありがとう、お母さん。夏休みが明けたら、また学校に行って勉強するよ。それで、ヒーローも諦めない。ここで挫けちゃダメなんだ、僕は」


喋っているうちにハンドルを持っている母は、だんだんと目を潤ませて、最後には泣いた。「よかったね…ここにきて本当によかったね…!」と言うので、僕は笑ってうん、と返した。


「ぐすっ…ん?ねぇ出久、あれお友達?」


母が遠い、遠い所を見つめて言う。
僕も同じところを見てみると200メートル先くらいに、特徴的な髪型をした、ある青年が立っていた。
見間違えることはない。あれはきっと、


「と、轟くん!!!!」


ウィーンと下がる窓が待ちきれなくて、小さな隙間から必死に声をかける。


「…どりや……みど…やー!」


だんだんと近づいていく声。窓も完全に開いて、僕は窓から身を乗り出した。
ついに彼のいる場所まで車が到達する。轟くんは手を出している僕に、一枚の手紙を渡した。


「…っこれ…よし、持っとけよ」
「轟くん!轟くん!!嫌だ、まだ君と、」
「大丈夫だ!!だって、俺たちはう……めい…………ら」


最接近したあと、だんだんと遠ざかって行く彼の影。言葉は、最後まで聞こえなかった。
母さんが心配そうに僕を見てから感動した表情で笑い、「友達が出来たのね」と言った。

僕は手紙を開いた。
文字を目で追って、必死に読み続ける。
読み終わった頃には僕は、「そっか…そっかぁ…」と言い続けながら、ボロボロ涙を流していた。





ぼくの大事ななつやすみ。
この一週間は、いつまでも記憶に残る、最高の日々だった。


















そして、時は流れ_______…
二人は雄英高校1年A組で、再開する。
出久は、ロケットペンダントを掲げながら。
轟は、涙を浮かばせて。
初日から抱き合う姿をみんなの前に露呈した二人が、雄英高校ヒーロー科の名物カップルになる日は近い。
















緑谷 出久様へ


拝啓とか、そんな改まった風にするつもりはないので省略。

お前と会った三日間は、俺の中で忘れられない思い出の1ピースだ。
俺は元々、あまり人に関心を持つタイプじゃなかった。だから、お前と出会った瞬間が本当に奇跡で、一目惚れっていう恋の概念が俺にあったのかと驚いた。

これは言おうとして結局言い出す場がなかった話なんだが、俺はお前と出会う最初の日、祠に向かっていて意識を手放している時に、変な声を聞いた。男の声だ。
とても大きな声で頭が痛くなりそうだったが、何故か体に馴染んで心地いいものになった。
で、目を覚ましたらお前がいた。

この現象について、花火大会が終わって眠れない今、色々と調べていた。

あの山は、神社があっただろう。男女の神が祀られていると言った筈だ。
あそこには、女の命を助ける為に己の体を犠牲にした男と、命を助けられたが生きるのに絶望し自害した女が、二人の仲を引き裂いたここの村人たちによって勝手に神格化され、祀られているらしい。なんでも、呪われると危惧した人々は二人を神格化することによって、憎悪を浄化したそうだ。

それで、あの祠。あそこはあの二人の遺骨が入っている、墓場のようなものらしい。
びっくりだよな。俺ら、墓場に導かれてたんだぜ?ちょっとしたホラーだよ。
そんでこっからは、俺の勝手な妄想だ。

俺は、俺たちはあの二人の魂によって、引き寄せられていたんじゃないかと思ってる。
二人が最後までやり遂げることが出来なかった愛。それを俺らが、引き継いでるんじゃないかって。
______言わば、前世的な何かで。

一般的な考えだと「はぁ?何言ってんだお前」となると思う。でも、俺はこれにしっくりきた。お前はどう感じる?
お前がどう感じようと、俺はこれを「運命」だと思ってる。お前がどう俺に引こうがな。

だから、俺はお前に提案したい。
また今度俺たちが会えたら、そいつらの愛の続きを、俺たちが紡いで行かないか。


付き合ってくれ、緑谷。お前を愛している。




轟 焦凍


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