僕が最高のアイドルになるまでのはなし。

vol.1

まえがき
もしこの世界に個性がなく、ヒーローもいなかったら。そして、アイドルがこの世の人々を救っていたら。
という出久愛されアイドルパロです。n番煎じなのはわかっているけど描きたかった...!
オールマイトをめちゃくちゃ美化してます。八頭身爽やかイケメンです。ごめんなさい。
これでは勝デク轟出要素ないですが次回から触れていきたいと思っています。とりあえず設定!みたいな....。

襲撃とかないからUSJ事件もないです。ただ、完全なる捏造でこれからなんか事件入れたいなとは思います。
身体能力テストも普通で、(芦戸トップ)すんなり体育祭入っていきます。

0.
奇跡



誰もが魅せられるその華麗なステップ。完璧なダンスと心が揺さぶられる情熱的な歌唱。
何よりも、全てのこの世の不興を吹き飛ばしてしまえるような、老若男女問わずどんな者でさえも癒されてしまうその笑顔。
会場は彼への期待感と熱気で包まれる。
真っ暗なそこから不意にドォン、と音楽が流れ出すと、そこにいた全ての人がこう叫んだ。




「オールマイトオオオーーーーー!!」

「みんな、おまたせ。...私がぁあ、」

「「「「来たぁぁぁぁあああ!!!!!!!!」」」」





それは、かの今では超絶有名アイドルオールマイトが、一人でその時日本で一番大きかった会場を満員御礼にした、伝説のコンサートのライブ動画であった。
当時4歳の緑谷出久は、その動画を何回もリピート再生し、その素晴らしさに感嘆の声を漏らす。




「すごいなぁ、すごいなぁ!!!一人でこんな大きな会場埋めちゃうんだもん!歌もダンスも、全部すごいんだよ!!こんなに大勢の人を、みんな笑顔にしちゃうんだよ!!」




緑谷出久。齢4歳。
将来の夢は、オールマイトのような、みんなを笑顔にできるアイドル。




「本当にすごい!、すごい...っ、ねえ、お母さん。...僕も、僕もこんな風に、すごいアイドルに、」




まだ若い少年の目にはこぼれんばかりの涙が溜まっている。その姿を見た母は自分のことのように悲痛な顔をして、出久に抱きついた。




「なれるよね...???」
「出久、ごめんね、ごめんねぇ....!!」




違うんだお母さん。
僕が言って欲しかった言葉は、ごめんじゃない。出久ならなれるよ、って言って欲しかったんだ。



緑谷出久。齢4歳。昨日退院。
背中には、若い少年と思えない30針で塗った15センチくらいに渡る大きな傷。
人生で一生を連れ添うことになったその傷を持ちながら、さわやかで美しいアイドルになることは、どう考えても、不可能であった。












中学三年生。折寺中学。
オールマイトの作り上げた様々な伝説によって、この世はアイドル至上主義社会になっていた。
アイドルに憧れる子供多数。社会に生きている者のほぼ全員が「推しアイドル」を持っている。
もう中学生の頃からデビューしている者も多くいて、芸能科の高校も数多く存在している。




「えー、お前らも三年ということで、本格的に将来を考えていく時期だ。今から進路希望のプリントを配るが______みんな、大体アイドル科志望だよね!」




ぶわりと投げられたプリント。いやいや重要なプリントをそんな乱雑に浮かしていいのか。
みんなが先生の言葉に反応して「イェーイ」と手をあげる。
アイドル科。芸能科の中でも更に細分化された、アイドルを目指す者だけが入学出来る科だ。その科を目指す者は多いが、まだアイドル科自体は多くなく、難関が多い。





「せんせー、みんなとか一緒くたにすんなよ。俺はこんな没才能供と仲良く底辺なんざ、いかねえよ」





机を足置きにした金髪がだるそうな姿勢で言う。口角が上がっているが、それはアイドル志望とは言えない、爽やかの真逆と言っていいほどのゲス笑顔だった。
クラスメートがブーブーと文句を垂れるが「モブがモブらしくうっせぇ!」と馬鹿にする態度は変わらない。




「あーたしか爆豪は雄英高だったな」




先生がそういうとみんなは批判をやめ、「雄英って国立の?」「今年偏差値79だぞ」とまさにモブさながらざわざわしていた。
雄英高校。日本で一番偏差値の高い高校であり、卒業したら出世コースが約束されていると名高いアイドル科は倍率300倍。アイドルになりたい者はもれなく全員が憧れる高校であろう。
僕はクラスメイトの声や勝己のドヤ顔を見ながら頭を抱えた。ほんと、もうこの話題はよさないか。





「そーいやあ、緑谷も雄英志望だったな」





みんなが先生の言葉を聞いた途端、しんと静まってからブッと吹き出す。
無理だ無理だと笑われる。わかっていた、こんなことを言われるのは。ただ、そんなに笑わなくてもいいんじゃあないか。

そのあとは散々だった。
勝己に雄英はやめろと脅されたり、今日の朝見かけたゲリラアイドルライブで登場した新生アイドルの分析を詳しく書いたアイドル分析ノートNo.13を鯉の池に落とされたり。

びしょびしょになったノートを手に持ってとぼとぼと帰る。落とされた後に言われた「ワンチャンダイブ」も、この気分ではどうせ出来ないくせにやってやろうかと思ってしまう。自殺教唆の罪で、彼をどん底に突き落としてしまおうか、なんて自分らしくもない考えも、ちょっとは考えてしまうのは仕方のないことだった。


まあどうせしないけど、ちょっと見てみるだけ。傷心に浸るだけ。そう言って、屋上立ち入り可能なビルにゆっくりと登っていく。
6階くらい登ると息が荒くなってきた。
こんなひょろっちいくせに、よくスタミナのいるアイドルになろうとしたもんだよ。階段を登るだけでこんなになってしまうのに。
スタミナのあるかっちゃんなら、同じスタートを切ったとして、もう屋上までついているだろう。
こんな中3になって、最高峰のアイドル科を目指している癖にこのありさまだ。笑われるのも仕方がない。

それでも、それでもなりたかったのだ。みんなを笑顔にできるアイドルに。みんなを元気付けることができる、アイドルに。

ようやくたどり着いた屋上で、強い風に吹かれながらフェンスに手をかける。やはり高い。ここから飛び降りれる人は、本当にすごいなと他人事に思った。自分にはその勇気がない。

ビュオビュオと耳の横で大きく暴れる音が、出久の傷んだ心を殴った。
今はとことん傷つきたかった。自分も他人も責めて、一気に解消させたかった。
屋上の真ん中に体育座りをして、隙間に顔をうずめる。

クラスメートが出久を嘲笑う理由。
体育の着替えの度にじろじろ見られる背中の傷だけではないだろう。クラスメートに公開で歌わされる音楽のテストだけでも震えて、少しも声が出ないあがり症のせいでもある、と自覚している。
出久にはアイドルには致命的な、「目立ちたい」という欲がなかった。いや逆に、目立ちたくなかったのだ。

出久は目立つ時といえば背中の傷を見られた時のみ。幼少期から向けられたその視線は、出久の心の中に深い、深い傷を残した。もう目立ちたくない、とさえ思わせた。

それでもアイドルは諦められなかった。傷が出来る前からずーっとずっと、物心がついてからずっと憧れていたからだ。
どうせ諦められないならば、あがり症で目立ちたくないというこの状態ではいけない、とわかっている。


出久はゆっくりと立ち上がった。まだ耳にはビュオビュオと強い風の音が鼓膜を殴打する。
__観客がいないなら、大丈夫だ。
ゆっくりと吸って、吐いて、風の音に負けないように、歌う。
オールマイトのデビュー曲。僕が、一番大好きな曲だ。
途中今より強い風が吹いてきて、負けずにさらに声を出して歌う。目を強くつむって、口を大きく開けて。
いつのまにか風は止んでいた。でも声を小さくしようとは思わなかった。心の叫びを歌に込めて、とにかく叫んでいた。

最後まで歌い終えると、肩で息をする。さっきよりはだいぶん心は晴れた。
全力で歌ったとはいえ、一曲だけで息切れを起こす。やっぱり無理なのかもな、と自笑したその時だった。

ぱちぱちぱち、と乾いたいい音で手を叩いているのが、出入り口から聞こえた。
聞かれた。ぶわっと顔が熱くなって、ロボットの燃料が切れたみたいにギギギギギ、と後ろを振り向く。





「いやぁ、素晴らしかったよ、少年。名前はなんと言うのかな?」
「お、オール、マイト...??」





そこにいたのは、全盛期よりちょっと老けた、でもやはり爽やかな顔立ちに変わりない美しき八頭身イケメン、オールマイトが立っていた。





「って、えええええええええ〜〜〜〜〜?!?!?!」





そこに、憧れていたオールマイトが、いる。そこにいる。そして、自身のデビュー曲を熱唱していた少年の方を向いて、いる。

さっきよりもっと恥ずかしくなった。あれだ。モノマネ芸人が後ろに本物がいることを知らずに芸をするのと一緒だ。
ごめんなさい僕なんかがごめんなさいごめんなさいと小さくボソボソと言いその場を立ち去ろうと出入り口に向かって走り出そうとするが、そこに向かうと必然的に本人の近くに移動することになる。本人は、出入り口の前に立っているのだから。





「私に負けず劣らずの歌唱力だったよ。多分、声のタイプが私に似ているんじゃないだろうか。で、どこの事務所に所属しているんだい?」
「いやいやいやいやそんな、僕なんてそんな、事務所とか、そんなすごいところに入れないですよほんと、本人の前で本人の歌とか、汚してごめんなさいっていうか生きててごめんなさいっていうかほんとほんとごめんなさい!!!!!」





キョドッてわやわや手を振りながら顔面蒼白になる出久を見て、オールマイトは目を見開いた。驚き、という表情だ。




「そ、そうなのか。しかしそうか、無所属...少年、一応聞くが、アイドルは目指しているんだよね?」
「ぅあ、は、はい!そのつもり、です...みんなには、無理だと言われてるんですけど、どうしても、諦められなくて」
「どうして諦める必要があるんだい?肩で息をしているところを見るとスタミナは少ないのだろうけど、歌唱力は十二分にあるし、目は大きくて容姿も悪くない。そばかすはあるが隠せるしいっそチャームポイントに出来るしね。見たところ中学生ならこれから身長は伸びるだろう。」
「いえ、そそそそんな!!オールマイトにそこまでいわれる程じゃないです!!!...諦める必要っていうのは、僕、あがり症だし、それに...背中に大きな傷が、あるんです」





これ、といって制服の上を脱ぐ。白いカッターシャツからうっすらと見えるのは、背中の真ん中あたりにある傷。今では出来た頃よりかは目立たないようにはなっているけど、やはりあるとないとではおおきな違いがある。縫い目も見えて痛々しい、アイドルにはふさわしくない傷だった。

オールマイトはしばらくそれを見つめた後、少し考えてから口を開けた。





「少年。つかぬことを聞くが、君は何故アイドルになろうと思ったのかい?」





オールマイトに突拍子もなくそれを聞かれ少し驚くが、すぐに真剣な、決意を持った顔をして叫ぶ。





「それは、オールマイトみたいに。オールマイトみたいに、みんなを笑顔にできる存在になりたいから!僕もみんなを、笑顔にして、救ってみたいと思ったからです!!」


「そうか。それなら、いいじゃないか。傷があったって、その思いがあればみんな君の本質に触れてくれるさ。あがり症もこれから治していけばいい。君みたいな強い意志を持った才能を失うのは、私は見過ごせないな。」






オールマイトは近づいてきて、僕の肩に手を置いた。感極まって泣いてしまいそうだった。いや、もう涙が目頭に溜まっている。





「それじゃあ、僕でも...僕でもアイドルに、なれますか...!!あなたみたいなアイドルに、なれますか!!」


「ああ、なれるさ。きっとなれる。君は、アイドルになれる。」





涙が溢れて止まらなくなっていた。オールマイトに会えた。そして、こんな風に誰も言ってくれなかった「アイドルになれる」という言葉を投げかけてくれた。それだけで、奇跡だと思った。これまで散々だった分奇跡が返ってきた。僕ははもう、それだけでこれから頑張れると思った。たとえアイドルになれなくても。夢に届かなくても、最後まで頑張ってみよう、と思ったのだ。

だから、この奇跡が序章なんて一つも考えてなかった。





「実はね、少年。そろそろ私は引退しようと思っているところなんだ。そして小さな芸能事務所を開こうかなと思っている。どうかな?私の事務所のアイドル一人目という道は」
「えっ」





言い忘れていたけど、これは僕が最高のアイドルになるまでの物語だ。
さらに言うと、かっちゃんと轟くんに求婚され、しまいには片方と海外で挙式しちゃうまでの物語だ。









物紹介(1からは下)


緑谷出久
・本人は自覚していないが素晴らしい歌唱力。何もかも完璧と言われているオールマイトと並ぶくらい。
・みんなを笑顔にしたい、という軸はブレない天性のアイドル本質。
・元々の本質はあがり症でない。傷といじめのせいだったので克服は割と早め。
・運動神経は元々普通レベル。特訓でダンスはかなりうまくなってくる。
・傷はインコが目を離した隙に起きた、太くて尖った木の枝を持っていた中学生による事故。



オールマイト
・かなりの美化。
・老若男女問わず人気を誇る日本ナンバーワンアイドル。
・ダンス、歌唱、容姿全て完璧。笑顔は日本の不興を変えた。生きる伝説。アイドル至上主義社会の立役者。



爆豪勝己
・才能マン。ルックスも良い。オールラウンダー的な。
・違うのは出久に目立って欲しくない。という気持ち(独占欲)
・4歳の頃出久にアイドルになる資質があることに気づいていた。気づいたと同時に惚れる。



轟 焦凍
・雄英に入る前から子役として俳優をしていた。アイドルになる為の話題作りとして俳優をやっていた。
・オールマイトをも越す最高のルックス。ただダンスは苦手なのが難点。声がいいので歌もいい。
・出久のアイドルの本質に触れファンに。ガチ恋勢。



麗日 お茶子
・雄英で出久の友達に。癒し系。
・ダンス、歌唱力はまあまあ。




他のメンバーはまた後ほど








1.

雄英入学




オールマイトが引退し、事務所を開くことになったら彼の事務所に所属するアイドル一人目となることを約束してからは、体力作りの日々を過ごした。
事務所を設立したらすぐ僕を売り出そうと考えていたが、全くもってスタミナがなくダンスもままならない僕を見て、僕がいいアイドルの卵になるまで引退はしないでおいて、仕事のかたわら僕の教育に勤しむことに決めたらしい。まったくもって申し訳ない。
雄英に入学したいとオールマイトに相談すると軽く了承を貰えた。いやむしろ入学してほしいと言われた。それは、オールマイトが雄英の教師になるから、他の高校に行かれるより色々と教えやすいという理由からだった。

雄英の試験は筆記に実技検査。実技はダンス中心に歌唱力、キャラクター性。容姿もある程度見られるという事だった。
僕にとってダンス中心に見られるというのは最悪の一言に尽きなかった。
アイドルになりたいなりたいと言っていた癖にダンスを練習することはこれまでなかったからだ。故に、ダンス経験は皆無に等しかった。
これはかなり、ヤバい。ダンスのダの字も知らない。

とりあえず入試まで10ヶ月あるので、5ヶ月は体力づくり、残りの5ヶ月で三曲くらいを見繕って練習することにした。
とりあえず早朝から走り込み、そして学校、放課後オールマイトと一緒に腹筋、背筋、腕、足etc全て一通り鍛える。
その後深夜に走り込みというオーバーワークがバレたりしたが、そこはご愛嬌。
学校がない土日にはボイストレーニングなんかしたりして、着々と体はアイドルに変化していった。

そして五ヶ月。オールマイトには「アイドルに必要な最低限の筋肉と肺活量はつけられたんじゃないか」と言われた。すなわち、合格ラインに達したのだ。
最後の五ヶ月で三曲(僕のゴリ押しで全てオールマイトの曲)を選んで、それを完璧に歌って踊れるように特訓した。

しかしオールマイトの曲を選んだのは、割と失敗だった。
オールマイトは踊りも歌も全て完璧。その人のために作られた楽曲、振り付け。
そう、ダンス初心者の僕には、かなりきついものだった。
しかし絶対にオールマイトの曲が良かったのだ。何回もオールマイト自身から「違う曲にしないか」と聞かれたが断固として変えなかった。
彼の曲を選んだのは、自分に手を差し伸べてくれ、育ててくれたちょっとした感謝の表れだった。

元々やると決めたら真っ直ぐいける僕は、最後の一ヶ月を残して完璧に踊れるようになった。
いや、オールマイト本人のように完璧にはならなかったが、雄英には受かるだろう、という感じだ。
そして本人に太鼓判を押された歌唱。
これまでこつこつと頑張ってきた勉強。全ての、雄英に受かる為の下準備は整った。
最後の一週間で、自分のコンセプトというか、キャラクター性を設定した。オールマイトは、君に合っている、これでいこうと協賛してくれた。


大丈夫、大丈夫と言い聞かせ、遂にやってきた入試当日。
沢山の人が雄英の門を通っていた。ここを通っている、全ての人が入試を受けるんだ。

受かる人数は40人を満たないのに、今ぱっと見るだけで200人はいる。校内にももう来ている人が集まっているだろうし、まだ来てない人もいるだろう。
それを合わせて考えるとまじで恐ろしい。
ばっと自分があがり症なのを思い出す。やばい。緊張で何も考えられなくなる。
途中でこけて誰かに助けてもらったり、かっちゃんに会った気がしたが、もう頭が真っ白でそれどころではない。入試方法も簡単にしか飲み込めなかった。


まず、自分の名前、受験番号、出身中学校。
そしてなぜアイドルになりたいかなどの面接を受け、自由曲を二曲歌って踊る。特訓で三曲を練習したおかげで、まだ余裕を持てている気がする。
効率よく面接する為か7グループに分けられ、そこからまた5人グループに分けられる。集団面接だ。実技の時も、一人がやっている時に他の4人は前で見ているらしい。


何なのだろうか。これはあがり症の僕を試しているのであろうか。
これはつまり実技中、4人のライバルにじろじろ見られることになる。敵なのだから、送られる視線は決していいものではないだろう。
しかも集団面接は言うことが被らないかが不安になる。僕のアイドルになりたい理由は「みんなを笑顔にして救いたいから」。
キラキラしたような理由だが、誰にでもぱっと考えつくことができるという側面もある。
個人での具体的な理由があればよかったのだが、こんな抽象的な理由だとかぶる可能性も高い。


ぐるぐる考えているうちに列は進み、自分のグループまであと3グループしかない状況になった。その事実に気付いた時、周りの人は踊りの振りなどの確認をしているのに1人だけ立ち止まっていることに気がついた。
___か、完全に出遅れた!!
急いで僕も振りを確認しだす。でも緊張でろくに確認もできない。
勢い余って自分の動きにもない振りをしてしまう。とんでもなくアホらしい。




「あ、さっきの地味めの!」




後ろから声をかけられ、雄英アイドル科を受ける人に地味な人なんてそうそういないのでもしかして自分かな、と後ろを振り向くと、茶髪の可愛い女の子が笑顔を振りまいていた。
これはもしかして、転んだ時に支えてもらった子か。
その時は頭が真っ白で相手の顔も覚えていなかったが、なんとなく勘がこの子だと囁く。




「同じグループなんだ、よろしく〜!」




彼女は緊張していないのであろうか。麗らかに微笑んでこちらに手を振っている。
なんだか彼女を見ていたら、こっちまでほんわかして来る気がした。




「よよよ、よろしくね!!ええあと、うん、よ、よろしく、」




キョドッてしまうのも無理はない。女の子と面と向かって話すのなんて久しぶりだ。いやさっき転んだ時に話したのかもしれないが。





「あはは、緊張してるねー。私は麗日お茶子!」
「ぼ、僕は緑谷出久!」





キョドッているのを緊張と捉えられているらしい。その捉え方の方がまだありがたい。





「ここにいる全員敵!って顔してるよね、みんな。なんか私そういうんじゃなくて、『みんなでうかろう!』の方が好きだ!」
「そ、そうだね、わかるよ、麗日さん。い、いい一緒に、頑張ろうね!!」
「うん!お互い、また雄英で会えるように頑張ろう!」





なんと女子と応援の言葉をかけあってしまった。記憶にある中で多分はじめてのかけあいに、心がくわってなる。よぉし、頑張ろう。
まあ、緊張が解けるといったわけではないんだけど。

前のグループはあっという間に消え去り、次は自分たちのグループだ。
ドキドキを噛んで失礼します、と唱える。所定の席に礼をして座る。よし、動作は完璧だ。

それから面接が続いた。幸いにも自分も被った理由を持つ者はおらず、ほっとする。
ただ、やっぱり皆は自分より具体的に理由を述べていた気がする。
自らの家庭の金銭事情とか、あるアイドルの名前を引っ張り出してきてこんな風になりたい、とか。
僕もこんな風にすればよかった。
オールマイトのように笑顔でみんなを救いたい、の方が絶対的にいい、と今思っても無駄だ。


五人グループの実技で僕は4番目。最後は麗日さんだった。
みんな独創性とキレのあるダンスで、僕よりうまい。そりゃあそうだ。こっちは10ヶ月で作り上げた急造ボディの初心者ダンスだからだ。
歌は、ギリギリ勝っている位だ。いや、勝っているかも危うい。
ついに僕の番になり、審査員の先生やみんなの前に立つ。
すう、はあと息を吐いて前を見ると、みんな僕のこれからの動きに注目しているのがひしひしと伝わった。
ちら、と麗日さんを見る。彼女は直前になって緊張するタイプなのだろう、水分の入ったペットボトルを抱えて小刻みに震えていた。


自分よりも緊張している人を見ると、自分の緊張が解けていくのはなぜだろう。
ふっと力が抜けて、音に集中できた。
始まりに合わせ、指先からやわらかに動かしていく。うん、いい滑り出しだ。
サビに入り、動きは加速する。
これまでの特訓の成果か、これだけ動いて歌っても息は切れない。
一曲目は完璧に踊ることができた。自然と二局目に移る。アップテンポの曲で、細部にまで動きがある。
サビに入るとバン、と大きな音がなるのがワクワクして、オールマイトの曲でも特に好きな曲だ。


瞬間、ばしゃ、と音が聞こえた。麗日さんだ。
緊張のあまりペットボトルを落としてしまったのだろう。僕のいる方に向けられた口から、勢いよく水が足元まで迫ってくる。
彼女は途端に青い顔をした。
ここで僕が動きを止めたら中断。水は拭き取られ再開されるだろうが、それは彼女への減点へと繋がってしまうだろう。



ここで僕は、自分のアイドルになりたい理由を思い出した。
「みんなを笑顔にして救う」。
こんなたいそうなことを言っているのに、目の前の人一人も笑顔にさせていないじゃあないか。
彼女は青ざめた顔のまま先生に中断を求めようとする。実技中の発言は禁止だ。
先生が止めぬ限り、この演技は続行していいのだろう。
彼女が今止めると、禁止事項を行ってしまった彼女は必ずと言っていいほど落ちてしまう。
そんなとこはさせない。
だって、お互い頑張ろうねと約束したから。彼女の演技が見られる前に落ちるのが確定してしまうのは、それは駄目だ。僕が許さない。




「大丈夫!」





僕はサビ前の曲の合間にそう言った。勿論、歌詞にはその言葉はない。
彼女はぱっとこちらを向いた。「実技中の発言は禁止」。
それは、見ている側だけではない。演技している側も同じだ。私語は厳禁。


僕はぱっと笑顔になる。『大丈夫だよ』と、顔でもそう語るのだ。
サビに入った瞬間のバン、という音に合わせて大きくジャンプする。君は、なにも気にしなくていい。緊張も不安もなくていい。
出来れば、僕を見て笑顔になってくれると嬉しい。
細かい動きの中で水を踏まないようにしながら動く。
別に踏んでもこけるようなドジはしないが、多分踏んで青ざめるのは彼女の方だ。多分踏んでしまうんじゃないかと気が気でないんだろう。

最後まで完璧に終える。途中の私語さえなければ満足のいく結果だったろう。
床も拭かれ、5番目の彼女は特に緊張はしていない様子で実技を始めた。
多分、さっきの事が大ごと過ぎて緊張を忘れてしまったのだろう。
彼女の演技はこの五人の中で一番癒された。なんというか、アイドルっぽいアイドル。この子は選ばれるべき存在だと思った。庇えてよかった。


帰ったらオールマイトに謝罪を述べねば。
禁止事項を犯して落ちるのは確定に近いです、でも悔いはありません。ありがとうございました。
...うう、言いにくい。10ヶ月も自分のことを面倒見てくれた存在に、禁止事項に触れたせいで落ちます、なんてひどく言いにくい。
__このことは言わなくて、結果が返ってきてから謝罪を述べよう。

そう決めた出久に、オールマイトが出演する合格通知が来るのはもう少し先のこと。










雄英高校アイドル科、1-A。
一年前には想像が出来なかった場所に、僕はいる。
同じクラスに麗日がいてすぐ仲良くなり、その後飯田とも仲良くなった。なんとこの3人、五人グループの際同じメンバーだったのだ。

飯田は1番目だった。明らかに私語とわかる出久の「大丈夫」を聞いて、飯田は肩を落としたらしかった。落ちるには惜しい人だった、と思ってくれたようだ。
しかしあれは「みんなを笑顔にして救う」という僕の理由と合致したものだったので、逆にキャラクター性と合っていると評価され、減点は免れ、逆に加点の運びとなった。
それを言った後に飯田は「君はあの試験の本質を理解していたんだな」と謎の尊敬をされ、一緒に行動するようになった。
そして同じクラスにかっちゃんもいた。
睨まれることはあっても中学の頃のように積極的にいじめてくる事はなく、なんというか、観察されている感じだ。
きっと、なんであのデクがここに、と驚いているのだろう。
そしてなんと!!!同じクラスに、子役で5歳ごろから有名だった轟焦凍くんがいた!!
俳優からアイドルに転向することには驚いたが、なんともクラスメートに有名人がいるというのはさすが雄英、というところだ。
他にもセンスがいい芦戸さん葉隠さん、美人系八百万さん、その八百万さんにお熱心な峰田くん、冷静でストッパーになってくれる蛙吹さん、他にもたくさんの個性豊かな面々はみんな優しくて暖かく、やっと学生っぽい学校生活が送れるんじゃないかとうきうきしていた。

オールマイトとの事務所の話も進んでいる。
雄英アイドル科は事務所に入ることを禁止されていないので、すぐに契約することができる。オールマイトは、アイドルは若さが必要だとすぐに僕をデビューさせてくれるようだった。
そして、先日大きく話題となったオールマイト引退報道。
彼は「私もアイドルとしてもうやっていけるほど若くないので、後継者を育てることにした」と事務所立ち上げも同時に発表、体育祭前にはアイドルとして契約する事ができた。
これで、正真正銘のアイドル。
なんだか実感が湧かなくて、しばらくふよふよした気持ちになった。
そしてオールマイト雄英教師に決定。オールマイトは事務所の社長をするかたわら教師、僕はアイドルをするかたわら学生となった。
雄英にアイドルになるために入った僕はまだ良いが、オールマイトは事務所の社長と教師を兼業することになり、多忙を極めていた。
なので事務所に所属するアイドルは僕一人。オールマイトは、教師の分の収入でちゃんと食べていけるし、緑谷少年を育てるのにいっぱいいっぱいだから他にアイドルと契約する気は今はないよ、と言われ、なんだか凄く罪悪感にいなまれた。
オールマイトには気にしなくて良い、私が好きでやっていることだと言われても、やっぱりごめんなさいと言ってしまう。



そして、雄英高校に入学してから初めての体育祭が始まろうとしていた。


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