2-ツナ獄


「はよー、ツナ!獄寺が一緒じゃないなんて珍しいのなー」
「おはよ山本。なんか、風邪引いちゃったらしくて…」
毎朝送り迎えしてくれている自称・ボンゴレ10代目の右腕、獄寺隼人に頼りきりだったツナは、お決まりの迎えが来なかったお陰で遅刻しそうになった。

連絡があったのは今朝。
獄寺から電話だという母に起こされて受話器を取ると、声が少し違っていた。
『すいません。ちょっと、体調が良くなくて…』
「それはいいけど、大丈夫なの獄寺くん。声がいつもと違うね」
『げ…、ゲホッ!ごほっ!あっ、えぇと…喉がやられたみてぇで』
「無理して喋らなくていいよ。早く良くなるといいよね」
『――ハイ』

余程ひどい具合なのだろう。ダルそうな声だったから、熱もあるかもしれない。

そのことを山本に伝えたら、「一人暮らしだから心配だよなー」と言われ、あの性格で病院に駆け込むことも考えられずツナの不安は膨らむばかりだ。

…今日、帰りに家へ行ってみよう。

快活な彼がいない教室は妙に物悲しい。
獄寺は辺り構わずキラキラした笑顔で「10代目!」と自分を呼び、いつも慕ってくれていた。ツナを不必要に持ち上げたり、ツナに害なす者には誰彼なしにケンカを売ったりして正直迷惑する場面も多いのだが、友達と呼べる人がいなかったツナにとって、初めてできた大切な友人だ。

斜め前にある窓際の空席。
いつもなら、日の光に当たってキラキラした銀髪がツナの眼を奪う。
あるはずのものがないことが、心にぽっかり穴を空けた。

(いつもいつもって、俺がずーっと獄寺くんのこと見てるみたいじゃん)
少し目を離すと、すぐにとんでもないことをしでかすから心配なだけだ。
軽く頭を振って、バカな考えを払う。

――昨日まで元気だった彼は、部屋で一人、寂しくベッドで寝ているんだろうか。

退屈な授業が始まっても気がかりなのはやはり、“いつも”そばにいる友達のことばかり。

窓の外を眺めるといつものようにヒバードが優雅に空をふわふわ飛んでいた。
いつもと違っていたのは、普段から並中校歌を歌いながら飛ぶヒバードが「ぽよぽよぽよ」なんて、意味不明な擬音語を口ずさんでいたことくらいだった。



(疲れさせない程度に、すぐ帰れば迷惑じゃないよね。薬とかスポーツドリンク渡すだけだし、うん)

何度目になるかわからない自身への言い訳をして、ツナは意を決し目の前のチャイムを鳴らした。

――出ない?

しばらく間を置いて、再び鳴らす。やはり反応はなかった。体調が優れないのにどこかに出掛けたんだろうか。

「じ、じゅうだいめ?」
後ろから聞こえた呼び掛けに振り向くと、サングラスに大きなマスク、この暑い中ジャケットを羽織りGパンにロングブーツの見るからに怪しげな人間…もとい、獄寺が呆然と立ち尽くしていた。
手にはコンビニの袋。どうやら弁当を買いにいってたらしかった。

「獄寺くん?なに、その格好」
「や!その、ちょっと寒気がひどくて…ゲホゲホ!喉もおかしいですし!」
「もー!無理しちゃだめだろっ。早く家に入って!」
「は、はいっ」
ツナは獄寺の背中に回って両手で押した。
やっぱり心配していた通りだ。だから彼から目を放せない。



薬とスポーツドリンクを渡して寝かしつけようとしても、獄寺は怪しげなスタイルを頑なに止めようとしなかった。
「…きみ、着替えたら?」
「あ、はい。その…移すと申し訳ないので、10代目は帰っていただけませんか」
腕を組んで怒りを隠そうとしない主が怖いのか、獄寺は消え入りそうな声でツナにお引き取りを願ってみたものの、信頼されていないようでツナはその場を動こうとしない。

(やっぱり、なにかおかしい)
獄寺の病気だけが原因じゃない。
何が、とははっきり言えないものの、ツナの不安はさらに強まっていた。

ツナのそれは、ボンゴレに伝わる「超直感」とよばれるものだ。
他の者が分からないような事象にいち早く気づける特殊な能力。しかし、具体的な何かを掴めるわけではないから結局は自分で調べるしかない。
常々、かえって不便な能力だなぁとツナは思う。不安ばかり煽られて、手の打ちようがないなんて意味がない。

ツナに帰る気配がないことを知った獄寺は、諦めたようにため息をついた後、いきなり正座して額を床に擦り付けた。

「申し訳ありません!10代目!!」

土下座キター!

「えっ!…え?な、なんだよ突然…」
「俺はもう、10代目のお傍にいる資格がないんです!」

主に許しを請うとき、獄寺はしょっちゅう土下座する。
だけど今は理由が見えない。
“傍にいる資格がない”?
訳がわからず、ツナはしゃがみこんで頭を下げたまま震える肩に手をおいた。

「どういうこと?なにがあったの、獄寺くん」
「…驚かないでくださいね」

おもむろに上体を起こし、まずはマスクとサングラスを外す。それから身に付けていた上着を脱いでいった。

…あれ、なんか、いつもと顔が違うような…?
目の前にいるのは確かに獄寺隼人そのひとだ。だけど微妙に頬のラインが柔らかいというか、首がつるっとしているというか。

シャツに手をかけてそれを脱ぎ捨てる。
ツナの目の前に、本来獄寺にあってはならない双丘がぷるんと顔を出した。

…え、これって、おっぱい?

「今朝起きたらこんな調子で…。男のシンボルまでなくなっちまってたんです!」
「でえええぇ!?な、なんでっ…!?」
「もしかして、UMAの仕業じゃねぇかと考えてるんスけど…。こんな情けない姿で、右腕が務まるか…クソッ!」
「と、とととりあえず服着て、服!目のやり場に困るからっ!」

慌てて床に落ちたジャケットを羽織らせ、二人して長いため息がこぼれる。

道理で胸がざわめくはずだった。獄寺は風邪なんて引いてなかった。声が少し高くなったのはコレのせいか。

すいません、すいませんと繰り返し謝罪する獄寺の目にはうっすら水分が溜まっていた。
なんと声を掛けたらいいかも分からず、ツナは黙って獄寺の頭を撫でる。

奇想天外な出来事に、ただただ戸惑うばかりだった。


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