お料理だってできるモン!編*2


取り出した食材をシンクに置くと、ロールの瞳が輝いた。
大好物のちくわだ。
美味しそうな色つやに、思わず口から滴が落ちる。
「食うか?1本くらいならいいぜ」
苦笑いしたディーノがちくわを勧めてみるものの、ロールはふぃと顔を逸らした。いつもなら大好きなちくわに1も2もなく飛び付くのに。
ロールの目の前でちくわを振ってみるけれど、固く目をつぶり顔をあらぬ方向へ向けようと必死だ。
「どうかしたか?ロール、ちくわだぞー」
「ヒバリ、ヒバリ」
「ん?」
「リョウリ、ヒバリ、アゲル」
「…そっか。恭弥のため、だもんな」
口の端からよだれがたれている。なのに誘惑に負けまいとロールは背中を向けた。1本くらい無くてもどうってことないのに、ちくわよりも大好きな雲雀のためにロールは我慢しているらしい。

ふっ、と微笑み、ちくわはロールから一番遠い場所において、ディーノは手を叩いた。
「おし!じゃあ、チャチャッと作ってみんなで食おうぜ!」
「ツクル!」
「クピー!」

* * *

調理場がやけに騒がしい。

今日は珍しく仕事に余裕があったため、さったと帰ろうとしていた獄寺は、調理場に置いていた荷物を引き取るためにやってきた。
中から聞こえる騒音に首を傾げつつも、獄寺は扉を開いた。

「うわ!スモーキンボムあぶないっ」
べちゃっ。
ディーノが言うより先に、獄寺の顔面に当たったのは白い固まり。

「ポテト、ポテト」
「キュー!」
「悪い!またこけちまってさ…」
もたっとしたマッシュポテトが重力に従って床に落ちる。
湯がいたじゃがいもの皮をディーノが剥き、ヒバードがつついて割り、みんなで一緒に押し潰して作った折角のマッシュポテトが台無しだ。

具材のハムを頬にくっつけたままわなわなと体を震わせた獄寺は、室内の惨状と今の出来事で怒りのボルテージが一気に爆発した。
「何やってんだお前らああぁぁー!マジで果たす!!」
「ちょ、落ち着けって!ガスもあんだからダイナマイトはやべえからっ…!」
「キュークピクピィー!」
「ピヨピヨ」

獄寺とディーノがドタバタ追いかけっこをしているのを余所に、食べ物の匂いに釣られてやってきた食い意地のキタナイ猫は、落ちていたマッシュポテトをまぐまぐ食べる。
「にょー♪」
「クピー!」
うまいうまいと口にマヨネーズをつけて頬張る瓜を見て、ロールは慌てた。

雲雀のために一生懸命作ったのに!なんで瓜が食べちゃうの!

「うにょ?にょあああー!」
次に大好きなお肉の匂いがして、瓜は高いシンク台にサッて飛び上がる。目の前にハンバーグの山があった。
「にょう!」
――寄越せ!
まだ食べたりないと瓜が近づく。これだけは死守しなければ。ヒバードとロールはハンバーグを守るように瓜の行く手を阻んだ。

「クピ!」
「ウリ、ダメ!ヒバリ、アゲル、ダメ!」
「グルル…」
猫特有の警戒心が喉を鳴らす。
どうしても、肉が食いたい。そのためには目の前に立ちふさがる邪魔者を排除しなければ。

瓜は前傾姿勢をとり、飛びかかろうとした瞬間。
「待て跳ね馬ー!」
「うわっ!ちょ、やめろって!」
「んにょー!」
ドシーン!
シンクにダイブしたディーノに瓜は背後から体当たりを受けて、あらぬ方角へ飛ばされてしまった。

「瓜!テメエなにしてんだっ。また食い過ぎて気分悪くなっても知らねーからな!」
「痛い痛い!勘弁してくれよ〜」
「ざけんなテメエっ」
ディーノの体をシンクに押し付け、なんとか後ろ手を取った獄寺はバキッ!と後頭部を殴る。彼は基本的に自分の主以外には容赦がない。

獄寺がディーノに説教しようと口を開きかけたら、瓜が主である獄寺の腕に噛みついた。
肉を食らうのを邪魔されるわ、ディーノに吹っ飛ばされるわ、散々な目に遭わされた瓜は怒り心頭だった。
「…マジでネコ鍋にして食うぞバカ瓜がああぁぁ!」
「にょおーー!」

――ヒバードとロールはハンバーグだけなんとか守りきったものの、その後大暴れした人間たちに巻き込まれて調理場は地獄絵図と化したという。

* * *

「…おつかれ」
「スイマセンデシタ」
報告を受けた綱吉は、豪奢なワークテーブルに肘をつき呆れ顔で自分の右腕を眺めた。

仕事終わりだったはずの獄寺から連絡が来て、なんのトラブルかと思えば調理場で大の大人が大暴れしたらしい。
調理場責任者のシェフにこってり絞られたディーノと獄寺とアニマルたちは渋々広いキッチンを片付け、それぞれの場所へ戻ってきていた。
さすがにバツが悪いのか、珍しく綱吉の右腕は俯いていた。

「てゆーか君はなんで調理場に行ってたの?」
「あ、はい!実はですね…」
パッと表情を明るくした獄寺は、手に持ったペーパーバッグからタッパーを取り出した。
(…今の笑顔、ヤバかった。ちょー可愛かった。鼻血でそう)
こんなウキウキした顔を見せるのは綱吉にだけだ。それを分かっているし、そんな恋人の仕草が最高に可愛くて、綱吉は思わず口元を隠すフリをして鼻を摘まむ。
最愛の恋人にメロメロの綱吉は、獄寺のさりげない仕草の全てが無意識なのが、常々不思議だった。だから恋人として心配の種は尽きないわけだが、獄寺は自分がどれほど端麗で魅力的なのかイマイチ自覚に欠けるので困る、と綱吉は思う。

「いま本番に向けて色々研究してるんですが、10代目のお口に合うか一度食べていただきたくて」
「本番って、そんなに気張らなくていいのに」
「いえ。せっかくなら最高のモノを準備しねぇと」
「あははははっ。ホント真面目だなぁ。ありがとう獄寺くん」

可愛いな、と思う。
本当に可愛い。

何気ない一言でもしっかり受け止めてくれていた。忙しい仕事の合間を縫って努力する彼は、尊敬に値する。それが自分のためならば尚のこと嬉しいし、今以上に彼を大好きになる。
自分のために頑張ってくれたというのだから、さっそくご相伴に預かろうと綱吉はタッパーの蓋を開いた。

……?

裕に10秒は固まってしまっただろうか。微動だにしない綱吉を見て、獄寺に不安が広がる。
「どうかされましたか?あの、見た目が悪すぎて食欲なくされた、とか」
「いや。見た目は可愛い…んだけど」
「は?可愛い?」
獄寺が中を覗くと、タッパーでスヤスヤ眠るハリネズミが一匹。

…確かに、可愛いのがいる。
「ヒバリさんとこの子だよね?」
「こいつ、いつの間に…」

声に気づいて、ロールの鼻提灯が割れる。
ゴタゴタに巻き込まれた際、冷蔵庫の中の物まで飛び出してあれよと言う間にタッパーに紛れたロールだった。
ロールだって好きで閉じ込められたわけじゃない。助けを求めても誰も気づいてくれなかった。そのうち鳴くのに疲れて眠ってしまったけれど。

「また変なイタズラしやがって!せっかく上手くできたから10代目に召し上がってもらおうと思ったのに」
ガン! ロールに衝撃が走る。
ここに入ったのは偶然だ。なのにイタズラだなんて!
――やっぱりこいつキライ。ロールをいじめる。
キュー!と威嚇してみても迫力がなくて、獄寺に指先で眉間を小突かれた。

「美味しいよ」
タッパーのふちについたソースを指で掬ってペロリと舐めた綱吉は、イラついている右腕にニッコリ微笑む。
「すごく美味しい。上手になったよね獄寺くん。俺、本番がすげー楽しみになった。期待してるね」
心から嬉しそうな笑顔の主に「期待している」と言われたら、言葉が出ない。頑張った分、誉められてかなり嬉しい。

頬を染めて「コイツを拭くモン探してきます」と部屋を後にする獄寺を、ロールはずっと睨んでいた。
ヒバリはオマエと違って、ずっとずっと優しいんだからな!
小突かれたのが殊更腹立たしい。まるで自分が悪いことをしたようではないか。

ふいに、大きな手のひらに視界を遮られた。
「まぁまぁ、そんなに睨まないで。獄寺くんも悪気がある訳じゃないんだ」
「キュ?」
「獄寺くんは、俺のこと大好きなんだよね。あ、もちろん俺も大好きなんだけど」
綱吉は両手でロールを抱え向き合う。
獄寺と違ってこちらは怒鳴ったりしなさそうだ。慣れない人間に抱かれるのはイヤだけど、この人の手は悪くない。
「俺のために一生懸命作ったおかずが台無しになって、悲しいんだと思うよ。ロールもヒバリさんのためにハンバーグを頑張って作ってたんだろ?悲しい気持ちを分かってあげてくれないかな」
「クピ〜…」

分かる…かもしれない。
ロールだって、先程まで頑張って料理をしていたのだ。無くなっていたらきっと悲しい。
「大好きな人がさ、自分のために何かしてくれるのって凄く嬉しいんだ。だからきっと、ヒバリさんも喜ぶよ。大好きなロールがいっぱい頑張って作ってくれたから。体を綺麗にしたら、一緒にヒバリさんのところに行こうね」
穏やかに笑う綱吉は、どこかディーノに似ていた。だからだろうか。人見知りのロールが妙に安心できるのは。

ヒバリ、会いたい。
今ごろヒバードとディーノはどうしているのだろうか。皆で作ったハンバーグは?
喉元を撫でる指先が優しくて、雲雀を思い浮かべる。
みんなの笑顔が、恋しい。

「キュウ…キュウウゥ」
涙がぽろぽろ流れた。
会いたい、早く会いたい。寂しさが急に膨らみ始め、大粒の滴が止めどなく溢れた。
「もうすぐ帰れるよ。泣かないの」
「クピィーキューキュー」

濡れたタオルを持って戻った獄寺に「10代目を困らせてんじゃねえ!」と叱責され、「やっぱりコイツキライ」と改めて思うロールだった。

* * *

――カキィン!
和室に金属音が轟く。

「ロールを忘れてきた?何のために保護者を同行させたかわかってるの。ふざけるのも大概にしなよ」
「だからいまファミリーのやつら使って探してるって!落ち着け、恭弥」

息つく間もなく、ディーノへの攻撃は止まらない。
ぶぉん、とトンファーが空を切る。なんとかかわしたが、左下からもう一方のトンファーが振り上げられた。
「っぶね!」
瞬間、顎を上げて攻撃を避けたが鉄の塊がディーノの肌を掠め、赤い血がじんわり滲んでいた。
後ろへ下がるが何かにぶつかった。背後は壁だ。

「ロールになにかあったら、ただじゃすまないよ」
近年まれにみる雲雀の本気の声に、背筋がゾッとする。

調理場の散乱に紛れたロールが見当たらず、また瓜がハンバーグを狙って襲ってくるかもしれないからと、ディーノとヒバードは一先ず風紀財団のアジトに出来上がった料理を持ち込んだ。
ロールが行方不明と分かるやいなや、バトルが勃発して今に至るのだが。

(マジでやべぇな…)
追い詰められたディーノが次の行動を考えていると「お邪魔します」と綱吉ののんびりした声が部屋に響いた。

「お取り込み中すいません。迷子のお届けです」
「クピー!」
「!」
「ロール、オカエリ」
ぱたぱた軽やかに宙を舞ったヒバードは綱吉の腕に降り立ち、ロールにお帰りなさいのご挨拶。

「沢田綱吉か。どうしてロールが君のところにいるんだい」
「獄寺くんの荷物に入っちゃってたみたいです。気持ち良さそうに寝てましたよ」
「――そう。無事ならいい」
トンファーを下ろして小さく息を吐く。
雲雀のほっとした表情を今まで見たことなくて、顔には出さなかったが綱吉は大層驚いた。よほど心配していたのだろう。

「クピー!キュウキュウ…」
早く雲雀のところへ行きたいと甘くねだる鳴き声に、綱吉に思わず笑みが溢れる。
「ずっとヒバリさんを恋しがってましたよ」
「この子はまだ小さいからね。…心配したよ、ロール」
綱吉から差し出されたロールを雲雀が受けとると、またハリネズミから大粒の涙がはらはら落ちた。雲雀は親指で滴を拭い、優しく手に包む。

大好きな雲雀の温もりだ。
ロールが一番安心できる場所。
一番、幸せになれる場所。

「キュ…クピィ」
「いい子だから泣かないで。君は僕の匣アニマルだろう」
「クピピー!」
ヒバードも雲雀の肩にふわりと飛んでやってきた。「ロール、ハンバーグ」ヒバードの視線の先に、みんなで作った料理が山のようにあった。
「お腹空いただろ。君を待ってたんだ」
「キューウ♪」

ちゃんと家に帰れたロールを見て「それじゃあ失礼します」と部屋を出ようとした綱吉に、雲雀は声をかけた。
「ロールが世話になったし、君もどう?」
「いえ。お気持ちだけいただきます。獄寺くんを待たせてるんで」

そういえば、綱吉の右腕も料理に四苦八苦していたことを雲雀は思い出す。
誰かのために何かしたいと考えたことはないが、誰かが自分のために料理を作ってくれることは悪くない。綱吉も自分と同じような気持ちなのだろう。
雲雀はそれ以上強く引き留めることはせず、後ろ姿を見送った。

* * *

「大丈夫だったか、ロール。安心したぜ」
いつしか雲雀のそばにいたディーノは、雲雀の腕にいたロールの頭をぐりぐり撫でた。少し乱暴だけど、ディーノのなでなでもキライじゃないとロールは思う。大きくて、あったかくて、心地いい。

「ハネウマ、ゴハン、タベル!」
「お!そうだな。みんな揃ったし、いただきますすっか!」
「は?なに貴方、食べてく気なの。用は済んだし帰りなよ」
「ええぇ!?そりゃねーよ恭弥ぁ。俺も頑張っただろ!それに終わったらヤらせてくれるって…」
「貴方が勝手に言っただけで、僕は約束した覚えはないね。それにロールを見失った。ペナルティが必要だろ」
「うっ…。それは悪かったけどさ〜」
「ヒバリ、ミンナ、イッショ!」
「…はいはい。ヒバードに感謝しなよ。イヤだけど食べてもいいよ」
「イヤなのかよっ!!」
「クピー!」
「ヒバリ、ゴハン、ゴハン」
「キュ♪」
「みんなで食べようか」

一番始めに雲雀が食べた。
「おいしいよ」微かに微笑んで、ヒバードとロールにお礼を述べる。
じゃあみんなでいただきますをしてみたら、肉汁はないししょっぱいしなんだか固いし、全然美味しくなかった。ヒバードもロールも落ち込んだ。
ハンバーグは大失敗。
ガッカリしていたのに、雲雀の箸は止まらない。無理しなくていいと訴えてみたけれど、「充分食べれるよ」なんて結局平らげてしまった。ヒバードもロールもその気持ちが嬉しくて、申しわけなかった。

「ツギ、ガンバル、オイシク、ツクル」
「クピピー!」
「次はもっと上手くできるよ。楽しみにしてる」
「…まさか、また呼び出されんの?勘弁してくれよ…」
「次というか、ここに呼ぶことは二度とないかもね」
「なんでだよ!それはそれでイヤすぎる!」
「ハネウマ、バイバイ?」
「キュー…」
「寂しいこと言うなって〜。また一緒に料理させてください…」
「イッショ!イッショ!」
「クピィ♪」

みんなの笑い声が溢れかえった部屋は、幸せに満ちていた。
わいわい楽しげな声は、遅くまで続いたという。

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