お料理だってできるモン!編*1 それは綱吉の誕生日を間近に控えたある日のこと。 アジト内にある調理場の一角を借りた獄寺は、買ってきた食材をシンクに置き、両腕を組んで目の前の雑誌にメンチを切った。…否、本とにらめっこをしていた。 獄寺は料理は昔から苦手だ。以前のようにモノを四方に飛ばすことはなくなったものの、包丁を持つ手が未だに怪しい。 ならば寿司屋の息子に指南を仰げばいいようなものの、理論派の獄寺と違って感覚で物事を教える山本の説明はまるで要領を得ないのだ。 獄寺がやりたくもない料理をする理由はひとつだけ。 敬愛するボスであり、恋人でもある綱吉にせがまれたからだ。 誕生日に二人きりで過ごしたいと言われた。無論、獄寺は、手放しでその提案を受け入れた。そうしたいのは自分の方だったから。 「獄寺くんの作ったご飯がいいなー」 「はっ?」 「前より随分上手になったしさ。凝ったもんじゃなくていいから、簡単になにか作ってよ」 嬉しそうにニコニコ語る綱吉に、ノーとは言えなくて。 可愛らしいおねだりにほだされて、こうして空いた時間に特訓するはめになった獄寺だった。 * * * 「あぶねっ!」 皮一枚で助かった。思い切り指を切断するところだ。 切った人差し指を口に含んでいると、調理場の扉が開く気配がして振り返る。 普段はめったにアジトへ足を向けることのない雲雀恭弥だった。 「あぁ?なんでテメエがこんなとこにいんだよ」 「僕はこの子たちのエサを用意しに来たんだ。君こそ、その格好はなに?」 肩にヒバードとロールを乗せた雲雀はここをよく利用するのか、必要な調理器具をテキパキ取りだし、なにやら作り始めていた。 その格好…というのは、獄寺が身に着けているフリルのついたピンクのエプロンを指しているのだろう。 「しゃーねぇだろ!姉貴が持ってんのがこれしかなかったんだからよっ」 「ふうん。興味ないね」 「テメエが聞いてきたんだろがーっ!」 「そこまで聞いてない。ていうか、ソレなに」 雲雀が指差す方向に、白い食器にこんもり盛られたぐちゃぐちゃの緑の物体がある。 「…さ、サラダ…だ」 「わぉ、前衛的」 ちょっと切って盛り付けただけなのに、トマトは潰れ他の野菜も見た目が爆発していた。たかがサラダなのに、どうやったらこうなるのか自分でも不思議なほど見た目が悪い。 シンクに降り立ちチョコチョコと歩いて獄寺の傍へやってきたヒバードは、皿からはみ出たレタスを口にして「オイシイ、オイシイ」と両翼を広げて喜んだ。 「ヒバード…。お前、いいやつだな」 「ピヨ?」 こんな見た目でも試行錯誤して作ったものを「美味しい」と言ってもらえれば、少しは気持ちが救われる。鳥に慰められるのもどうかと思うけれど、獄寺は片目に涙を光らせてヒバードの頭を指先で撫でた。 後からついてきたハリネズミのロールも腹ペコだった。ヒバードを真似てつまみ食いしようと獄寺の作ったサラダの皿に手を掛けた瞬間、片方に重心が掛かった皿はロールの前足を支点にぐるんと一回転。 ガシャン! 哀れ皿の下敷きになったロールは、身体中が野菜だらけになってしまった。 「キュ〜…クピピ」 「君、何してるの」 「んなっ!こら、イタズラしてんじゃねえよ!」 ――イタズラのつもりじゃないやい! ロールはつぶらな瞳に力を入れて獄寺をにらんでみたものの、可愛らしいだけでなんの迫力もない。 ため息をついて皿を持ち上げた獄寺は、近くにあった濡れ布巾でドレッシングだらけのロールの体を丁寧に拭いた。 …この人、口ほどイヤな人間じゃないかも。 慣れた手つきで汚れを拭ってくれた獄寺を、ロールはまじまじ見つめた。ロールのイタズラ(?)なんて、普段飼っている獄寺の匣アニマル・瓜に比べれば他愛もないレベルだ。料理を作るよりも動物の面倒を見る方が慣れてしまっている。獄寺はそんな自分に気が滅入ってしまった。 その様子を眺めていた雲雀は、獄寺の近くにあったレシピ本を取り上げる。 「君、結局なにがしたいわけ」 「…いや、その。ちぃとばかし人に出せる料理ができたら、と思って」 「沢田綱吉に、だろ。ていうか、なんで包丁を持つのに指が出てるの」 「んなーーーっ!ひ、ヒバリ!余計なこと言ったらタダじゃ…っ」 「コレが作りたいんだろ。左は添えるだけでいい。よく猫の手でって言われるのは、指の背に刃を添えて真っ直ぐ切るためだ」 そう言うと、雲雀は獄寺から包丁を取り上げて見本をみせた。 一定のリズムで食材が綺麗に刻まれていく。 時々本を確認して、フライパンを用意し、手際よく調理をこなした。 指で小さじ1の分量の取り方、計量スプーンの使い方、小まめに味見をし、不必要に味を足さない。呆気にとられた獄寺は、解説を加えて理路整然とメニューを完成させていく雲雀を呆然としながら眺めた。 物凄く分かりやすい。 雲雀もどちらかと言えば感覚重視なのだが、山本と違ってきちんと言葉の組み立てができる。仕事の報告書なども同様だ。誰が見ても分かるように噛み砕いてきっちり表記し、余計な言葉は入れない。頭の回転がいいのだろうと常々思っていたが、獄寺は料理までこなせる雲雀に対し素直に感心した。 「できた。難しいことじゃないだろ」 「あ、あぁ…。助かるぜヒバリ」 「これで借りはなしだからね」 「は?借り?」 ロールが台無しにしたサラダと、彼を助けて且つ綺麗にしてくれたことが借りだと言いたいらしい――と気づくのに数秒かかったが、このくらいのことで貸しを作ったつもりじゃなかった獄寺は、几帳面な男に「おぅ」と一言だけ返した。相手が借りを返した、と言っているのにわざわざ礼を述べる必要はないだろう。 料理をする雲雀の姿をつぶさに見守っていたロールは、目を輝かせていた。 「キュキュー!クピクピィっ」 「ああ、くだらないことに付き合っていたら君たちのごはんが遅くなっちゃったね」 「だったらほっとけ!」 ロールはシンク台にあった一番小さな計量スプーンを口にくわえて、雲雀の元までずるずる引っ張る。 「クピ!」 「なに?ご飯はもう準備できたよ」 「ロール、ツクル」 「キュキュー」 「ゴハン、ツクル、ロール、ツクル」 ヒバードとロールは何かを訴えるように小さな瞳をキラキラさせて、雲雀を見上げた。 「君たち、料理がしたいの?」 「キューウ♪」 「リョウリ、シタイ!」 だって、さっきの雲雀がカッコよかったから。 二匹とも、包丁やフライパンを持つ雲雀の姿にとても感動した。魔法使いのように、あっという間に美味しそうなごはんができた。二匹がお手伝いする隙がないくらい。 ヒバードもロールも、大好きな雲雀に料理を作ってあげたくなった。雲雀のようにカッコよくなりたいから。 やれやれ、といった表情の主に擦り寄っておねだり。雲雀はアニマルのおねだりに弱い。よほどのことでなければ「何事も経験だ」なんて好きにさせてくれた。 期待に満ちた二匹に、背後から冷静な声が突っ込んでくる。 「は?鳥とハリネズミが料理?意味わかんねー。その足でどうやってやんだよ」 …やっぱりこの男はキライだ。 ロールは顔だけ獄寺に向けて睨む。眼鏡をかけてメモ帳に何やら書き込む彼は既にこちらへの興味はなくしてしまったらしく、それが一層腹立たしいとロールは憤慨した。 * * * それから暫く、ロールは料理の虜だった。 「…君、食べないの?」 「キュウ?」 与えるものを口にせず、なぜか前足でこねくり回す。端から見れば餌で遊んでいるようだ。しかし、ロールは真剣だった。なんとか餌を歪ながらも丸く整え、それを頬張る。 うん、今日もなかなかの出来だ。 食べ終わると次の調理に掛かって、こねて、丸めて、また食べて。 「ロール、ゴハン、ツクル」 既に食事を終えたヒバードは雲雀にロールの奇行を解説した。 「なるほどね。そんなにやりたいの?ロール」 「キュピ!」 「仕方ないな」 雲雀は携帯を取り出すと、どこかへ電話を掛けた。 「今すぐ会いたいんだけど、こっちにきてくれない?」 * * * 「騙された…」 「人聞きの悪いこと言わないで」 「だってそうだろう!」 雲雀が根城にしている風紀財団アジトの最奥にはだだっ広い和室が設けられおり、雲雀が一人で仕事をするための執務室となっている。 雲雀は文机に置かれた書見台の本をぱらりとめくって、小説の段落が終わったところで栞を差した。栞には大小の紅葉と松葉が散りばっている。いつかヒバードとロールと一緒に公園へ出掛けたとき、二匹が雲雀にくれたものをラミネートして、今でも栞代わりに利用していた。 雲雀が正面に目を向ける。そこには割烹着姿のディーノがいた。 「なんだよこれ!」 「へえ。似合うじゃない」 「そ、そうか?」 普段は人を誉めない雲雀に言われて少しその気になったが、「イヤ待て、違うだろ」優雅に茶を啜る雲雀を指差す。 「なんで俺がロールたちと料理しなきゃなんねーんだ!?」 「彼らが僕のためになにか作りたいって言うんだ。なのに僕が手伝うと意味がないでしょ」 「…きょーや、俺のこと暇人だと思ってないか?」 「実際ヒマなんでしょ。すぐ来たじゃない」 「恭弥が珍しく甘えた声で会いたいなんていうからだろー!!」 「甘えた声なんて出してないし。それに僕は忙しいんだ」 「俺がどんだけ必死になってここに来たと思ってんだよ!俺は恭弥のことを思ってだなぁ…!」 「下心みえみえなんだよ。貴方、やっぱり種馬だね」 「…じゃあ、種馬の本領をみせてやろうか?」 力強い手が雲雀の肩をつかんで、畳に身体を押し付けた。 ディーノは白磁のような滑やかな顔に指を這わせ、親指で薄い下唇をなぞる。 「最近、シてなかったからな。途中で泣き喚いても容赦しないぜ?」 ハニーブラウンの柔らかな髪の向こうに、ブルーアイが妖しく光る。恐怖すら感じるディーノの微笑みを、雲雀は臆せずじっと見つめ返した。 「恭弥…愛してる」 唇を這うディーノの指先を、赤い舌がペロリと舐めた。 「好きにしていいよ」 「――珍しいな。素直に抱かれるなんて」 (やっぱ、恭弥が俺に会いたいから口実を作っただけか。…素直じゃないとこも、かわいーけどな) 毛並みの美しい獣のようだ、とディーノは思う。恋人同士の甘い時間を過ごそうという時ですら、雲雀は挑発的な態度でディーノを魅了した。 この美しい獣を食べてしまえるのは、俺だけだ―― 独占欲が満たされようとした瞬間、浴衣の袖に隠されていたトンファーがディーノの喉元に当たった。 「ただし、彼らと一緒に料理を作った後でね」 「……マジかよ〜!ここまできてオアズケ!?」 「初めからそのつもりで呼び出したんだ。でなきゃ貴方を呼んだ意味がない」 「なぁ、恭弥さぁ。ホントーに俺のこと好きか?愛してる?ただの便利なオヤジだとか思ってないよなぁ」 「どこでもサカる種馬には躾が必要でしょ。“待て”を覚えたら考えてもいいけど」 はぁ、と諦めのため息をついて立ち上がる。「わぁーったよ」いつものように無邪気に微笑んで、ヒバードとロールを抱えた。 「どーせ惚れた弱味だ。お料理の先生でもなんでもやるさ。愛する恭弥のワガママなら仕方ないよな」 そう言って、ディーノは障子の向こうへ消えた。 ――少し俯いた雲雀の耳がほんのり赤らんでいたことには、気づかないままに。 * * * 「うわああぁ!」 ガシャーン! 「クピィー!」 ガシャーン! 「ハネウマ、ロール、アブナイ!」 ドシーン! ボンゴレアジトの調理場は見事なまでにあらゆるものが散らかっていた。 例えば挽き肉が入ったボウルが床にひっくり返っていたり、小麦粉の山が散乱していたり、玉葱やニンジンがあちこちに転がっていたり。 「いてて…この調理場はいやに滑るな」 「キュウ」 「スベル、アブナイ」 「だよなぁヒバード。さて、とにかくこれをこねなきゃハンバーグは作れねえぞ。雲雀の大好物だもんな」 「クピピッ♪」 こねるなら任せて! 近頃、料理の特訓のお陰でこねることに自信があるロールだ。 ディーノは小さな前足にラップをくるんでやって、一緒に挽き肉を混ぜる。 しかし、手が滑ってボウルがまたまたひっくりかえり、シンク台の上にいたロールに覆い被さった。 「大丈夫か、ロール!」 「クピピィ…」 「なーんか今日は調子出ねぇな」 部下がいなければ、いい歳なのに何もない道端でコケてしまうほどダメっぷりを発揮するディーノである。未だ本人に自覚症状はないが、それでも二匹と一生懸命調理に向かった。 「シオ、コショウ、ショウショウ」 「おう!…って、あああ!蓋が外れて中身が全部入っちまったっ」 「パンコ、パンコ」 「キュー♪」 「ロールもヒバードも、パン粉くったらなくなっちまうぞ?」 「タマゴ、イレル」 「クピピー!」 「はは、やるなロール。背中の針を差して割ったのか。…中身こぼれてっけど」 「ヤク、ヤク」 ドタバタがあったけれど、なんとか焼成へこぎつけた。 おっきいハンバーグと、ちっさいハンバーグと、鳥の足跡のついたハンバーグ。 上手くできるか不安と期待に胸を弾ませつつ、焼いてる間にハンバーグの添えつけやサラダ作りに取り掛かる。 ディーノが調理場の冷蔵庫を開けると、タッパーに入ったいくつかの料理が目に入った。 (いっそ、これパクったらダメかな…ダメだよな) ロールとヒバードは“作る”ことが目的なのだから。 |