2 戦闘開始


「…ここは動物病院か。腕がいいって聞いてきたんだがな」
「あ、あぁ。すみません。紹介状をお預かりしますね」
綱吉は初めてきたらしい患者から茶封筒を受けとると、受付窓口へ案内した。
その後ろをゾロゾロと動物たちが「訴えを聞け!」とついて回る。

「だからヒバードがいないとわかんないんだって〜」
「にょおん!」
「ワンワンッ」
「クピピー!キュキュー」
早く帰ってきてくんないかな、ヒバード…。
綱吉がかっくり肩を落とした隣で、新患のボルサリーノを被った青年は「飯だと」と綱吉に告げた。

「…へっ!?」
「そこの猫は飯、犬は患者を病室へ送ったから次はどこへ行くのか、ハリネズミは雲雀、ヒバリばっか言ってるぞ」
「言葉、分かるんですか?」
「俺くらいのマフィアになれば昆虫から情報を得ることもあるからな」
「マフィアすげーな!」

綱吉は手元の書類を取り出した。
紹介状をみると、そこに記されていた名前は「リボーン」。職業、ヒットマン。年齢不詳。闇医者のドクターシャマルのところから、原因不明の手首の痙攣があるためやってきたらしい。

「ええと、じゃあ瓜は食堂にいって。我流がなにか出してくれるから。次郎は小次郎の様子を見てきてくれる?ロールはダメだよ。気持ちはわかるけど、患者さんは安静第一だからね。いい?」
約一匹を除いて元気な返事を得ると、ある者はダッシュで、ある者は軽快な小走りで、ある者はトボトボとそれぞれ目的の場所へ向かった。

「助かりましたー。ありがとうございます」
リボーンが綱吉の胸ポケットに付いた名札を見た。
「…お前、そんなでよく院長が勤まるな」
「は、はは、…スイマセン」
…俺だって不思議だよ。
心の呟きは口に出さず、綱吉は新患を送ると入院患者の回診のため一度、院長室へ戻っていった。


――並盛動物病院。
人里離れた場所に建てられたこの病院は、一般人の立ち入りが制限されている。
紹介状を持つ者だけが訪問を許可される。それだけ特殊な病院だった。

動物病院、と銘打っているが患者は全員人間だ。

内科、外科を始め、眼科、形成外科、神経外科、皮膚科、産婦人科などなど、診療科目を見る限りはどこにでもありそうな大きめの総合病院のどこが特殊なのか。

医師や看護師がアニマルなのである。
「クー」
「クーちゃん。お兄さんの治療終わったの?」

クジャクのクーちゃんはボクシングの試合で怪我をした笹川了平の治療に当たっていた。
笹川了平には毎日お見舞いに来る妹がいる。
兄想いのとても優しい彼女は笹川京子。ぼんやりして時々おかしなことを言うが、朗らかな性格が病院内でも評判で彼女が訪れるとアニマルたちも自然と集まってくる。
本来可愛いはずのアニマルたちに苦戦している綱吉にとっても、笹川京子は心の潤いだ。
ゆえに、笹川了平をお兄さんと呼ぶのは彼女の影響が大きい。

「じゃあ、一緒に回ってくれるかな。ヴァリアーも来てるみたいだしさ、早く治せって脅されそうで怖いんだよね…」
「クー!クー!」
私に任せなさい!
クーちゃんがそう言ってくれた気がして、綱吉は御礼を込めて微笑むと2階から総回診を始めることにした。


「いつになったらエンマは退院できるのよ!」
「ヒィ!」
入るなり怒鳴られた綱吉は身を竦めた。
豊満な胸をもつ長身の美女は、見た目からキツそうな性格であるが言葉もキツい。
「アーデルハイド。僕は大丈夫…」
「あなたがいなければシモンはどうなるの。腕が良いときいてきたのに、もう3日よ!」
「予定は10日かかるって…」
「エンマはうちの大切なボスなのよ。貴方、わかってるの!?」
足の骨を折って入院している古里炎真の側近、鈴木アーデルハイドに詰め寄られて綱吉はヘコヘコ頭を下げた。でなければ粛清される勢いだ。
「精一杯やってますんで、その、もう少し時間をください…」
「アーデル。ツナくんにあんまり無茶言わないで。ここに来るときだって、無理に病室を空けてもらったんだから」
「…仕方ないわね」
ツナとエンマは昔からの知己だった。エンマは隣町でツナとは正反対に動物の患者を診る「シモン動物病院」を経営している。
院長がいなくてあちらも手一杯のようだった。
「クーちゃん、エンマを頼むよ」
「クー!」
クーちゃんが羽を広げると、キラキラした光がエンマの体を照らした。
晴れの能力をもつクジャクはこうして患者の治療を行う。
「なるべく早く治すようにするから」
「うん、ごめんねツナくん」
アーデルハイドに睨まれつつ、綱吉は逃げるように病室を離れた。


次に向かったのは大部屋だ。
「お待ちしてました10代目!」
「お!ツナ〜。久しぶりなのな」
「ワンワン!」
「ピピー」
先に声を掛けてきたのは獄寺隼人。肩には獄寺を診ていた小次郎がいた。
「具合はどう?」
「全然平気っす!さすが10代目!素晴らしい技術ですよね!」
「いや、俺はなんもしてないし10代目でもないから…」
「何を仰います!いずれはボンゴレを引き継ぐお方なのに、こうして一般企業で修行されるだなんて渋いです!」
「俺はマフィアなんかにならないからー!」
「まだ照れてんのなぁー」

実は、綱吉の祖父は大マフィアの9代目だ。そこの幹部として働く獄寺、山本と同年代ということもあり、何度も顔を合わせている。
どうしてもマフィアになるのが嫌で医者になったのに、この病院にはそっち関係の患者がメインになるのはそういう理由からだった。

「口に出さなくても、9代目も10代目の就任を心待にされてますよ!あ、もちろん俺もですが」
「――ハイハイ」
暫く事故の後遺症で一時的な記憶障害になったものの、スワローテラピーのおかげで経過は良好のようだ。不自由だった手足も今は改善し、そろそろ退院させてもいいだろうと判断した。

「来週くらいには現場復帰しても問題なさそうだね」
「…っ」
一瞬、翡翠の瞳が揺らめいでドキリと胸が高鳴る。獄寺を見ていると、時折、綱吉の心拍数が駆け足で走り出した。
「10代目の腕は世界一ですからね。…ありがとうございます」
悲しそうで嬉しそうな、複雑な笑顔を向ける彼に、ここからいなくなるんだと思えば一抹の寂しさが込み上げる。
(…っていやいや、おかしいだろっ。俺が好きなのは京子ちゃんだし!)
言い訳するあたりからおかしいことに気づかない綱吉は、咳払いをひとつして山本に向き直った。

山本は次郎を撫で回して子供のようにはしゃいでいる。
「ほら、うちの実家って寿司屋だからさー、ペットとか飼えなくて憧れてたんだよな!」
「ワゥン!」
次郎も山本が大のお気に入りだ。だから山本の担当を次郎にした。前向きな気持ちがあれば治りも早い。
「そうだよね。運ばれてきたときは心配したけど大分よくなったね。次郎のお陰かな」
「なーなー、次郎を連れて帰っちゃダメか?」
「クゥン…」
上目遣いに見上げる山本と次郎はヒシと抱き合い、ねだるような視線を綱吉に送る。
――お互い大好きなのはよく解ってるよ。
「次郎はうちの大事なリハビリの先生だからね。ここにくればいつでも会えるよ」
「だよなぁ。退院しても、ぜってー会いに来るからな、次郎!」
「ワン!」
固い約束を誓いあった二人を微笑ましく思いながら、綱吉はクーちゃんを連れて次々に患者の様子を視て回った。


「…ここが一番入りたくない」
「クー」
閉まったドアの前で立ち竦む。
壁に掛けられた名札にはしっかり「ヴァリアー」の文字が刻まれていた。

どごぉぉぉん!

けたたましい破壊音がドアの向こうから聞こえてくる。
「う゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛い!何すんだこンのクソボスがああぁー!なにが不満なんだぁ!」
「お腹減ってるんじゃないの、ボス」
「ししし♪またやってる」

バキ、ドカ、カキン。
恐ろしい擬音語が次々に聞こえ、「お取り込み中みたいだから後にしようか」と綱吉はドアを開けずに去っていった。


綱吉とクーちゃんが最後に訪れたのは、地下に設けられた食堂。

「ナッツ、ナッツ」
「ヒバード。ナッツいたの?」
「フクロ、デナイ」

パタパタと我流の周りを飛ぶヒバードに気づいた綱吉は、食堂のおばちゃんをしてくれているカンガルーのお腹を眺めるとぽっこり膨れている。
三角ずきんを被った我流は何食わぬ顔でじっと立ったままだ。

「ナッツ、怒ってないから出ておいで。いつまでも我流の邪魔しちゃダメだろ?」
呼び掛けてみても反応がない。泣き虫な子ライオンがまだ落ち込んでいるかと心配していたら、我流がお腹にある自らのポケットを大きく開いた。
覗いてみろ、というらしい。

綱吉の頭に着地したヒバードと一緒に中を見ると、泣きつかれたナッツと満腹になった瓜が仲良く眠っていた。
「ナッツ、ウリ、ネテル」
「しょーがないなぁ…」
我流の邪魔だろうから取りだそうとすると、我流はポケットを閉じてキッチンへ戻ってしまった。
「…いいのかな?」
「オキタラカエス」
「そう言ってるの?」
「イッテル、ガリュウ、ヤサシイ!」
みんなのやさしいお母さん役を引き受けてくれている我流に、「悪いけど頼むね」と綱吉は礼を述べた。
すると我流は、冷蔵庫からパックのアイスコーヒーを取りだし、皿に水を入れてずずいと押し付けてきた。
「ツナ、ツカレテル、ヒトイキイレル」
「はは、ありがとう我流」

(顔を見ただけで分かっちゃうなんて、本当にお母さんみたいだな)
気遣いに甘えて近くのテーブルに腰を下ろす。ヒバードが頭から飛び降りお母さんから貰った水を飲み始めた。

「みんな待ってるから、飲んだらまた一緒に頑張ろう」
「ピピィ!」

つかの間の休息。
たくさんの患者さんに元気を与えるため、病院のみんなは今日も元気いっぱい看護に励んでいる。


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