隠れ家の来客 綱吉の調度真後ろに大きな窓があって、その外を行き過ぎる一行に目を止めた。 「あ!皆さん」 「え?」 ハルの声に振り向くと、向こうもこちらに気づいたのだろう。 にこやかに手を振る大勢の中で一人だけ、物凄い剣幕で睨み付ける人物がいた。 なにか叫んでいたが、防音が行き届いているのか全く聞こえない。 高架下のカフェは、電車が過ぎるたび相手の声が聞こえないくらいガタンゴトンと音が響いていたけれど、その他の雑音は完全にシャットアウトされていたことにハルは今さらながらに気がついた。 一番初めに入ってきたのは京子とイーピン、それにクロームだ。 「ハルちゃん!ここにいたんだねー」 「心配したんですよ。ハルさんも沢田さんもいなくなって」 「えへへ、ごめんなさいです。先に休憩しちゃいましたぁー」 それからぞろぞろと一行が店内にやってくると、狭い室内は一気にいっぱいになってしまった。 そして最後に現れた人物は、人を掻き分けて真っ直ぐ綱吉とハルの元へやってきた。 眉間にシワを寄せてこめかみがピクピク痙攣している。 「こンのアホ女あぁぁ!10代目のお手を煩わせやがって!」 「耳が痛いです獄寺さんっ」 「勝手に迷子になってんじゃねえよ!脳ミソ足りてねぇみたいだな!人がどんだけ心配したと思ってんだこのアホ!」 「ハルはアホじゃないですぅー」 綺麗な顔を歪めてハルに噛みついてきた彼は獄寺隼人。――綱吉の最愛の恋人だ。 「まぁまぁ獄寺くん。ちゃんと見つかったんだし…」 「甘いっすよ10代目。アホはちゃんと躾ねぇと分からないままです」 「躾って、ハルはワンちゃんじゃないですよっ」 「似たようなもんだろが。首にリードつけてやろうか」 ひどい言われようだけれど、心配させたことは事実だから素直に謝った。 がらっぱちで怒りんぼうに見える獄寺だけれど、案外情が深く仲間思いの面があることを、この10年でハルはよく知っている。 「京子ちゃん、イーピン。クロームも。席替わるからこっちにおいでよ」 「いいの?ツっくん」 「うん。獄寺くんもなにか買ってきたら?そこの席で待ってるよ」 綱吉が指差した方向には、足の長い2人用のバーテーブルが入り口付近にひっそり置かれていた。 綱吉はアイスコーヒーを持ち上げ、女性陣に席を譲るとぷりぷり怒っている獄寺の背中を押してレジへ誘導する。 綱吉の手が余りにも優しげで、ハルは複雑な思いでそれを見送った。 「このお店なんだかおしゃれだね」 向かいに座った京子の声にハッとして、慌てて笑顔を取り繕う。 「ですよね!ケーキがすっごくおいしいんです」 「京子ー!極限喉が渇いたぞ!どうすればよいのだっ」 ハルたちの正面には窓の真下に黒い皮張りの2シータのソファがあり、京子の兄・笹川了平と山本武のスポーツ組が椅子を陣取っていた。 「あ、お兄ちゃん。私なにか買ってくるね。山本くんは?」 「そうだなー。アイスコーヒー頼むのな」 「分かった。クロームちゃんイーピンちゃん、一緒に行こっか」 レジが賑わいを見せるなか、ハルはそっと入り口付近に目を向けた。 綱吉と獄寺はすでにバーテーブルに座っていて何かを話し込んでいる。 こちらからだと獄寺は背中しか見えないけれど、綱吉の表情はよく窺えた。 優しげに目を細めて、テーブルに置かれた右手は意識しなければ分からないくらい自然と獄寺の左手に重なっている。 (…ラブラブですよねー) あの席は座高が高すぎて、きっと自分じゃ床に足が届かないのに、綱吉も獄寺もスラリとした足を降ろせていて絵になっていた。少し前まで綱吉と恋人気分を味わっていたハルからすればちょっと悔しい。 「ハルちゃん?どうかしたの」 「なんでもないですっ。あ、京子ちゃんこれにしたんですねー!ハルも気になってましたぁ」 「おいしそうだよねー」 綱吉たちから視線を逸らせて、ハルはガールズトークに花を咲かせる。 彼と二人きりなのも楽しいけれど、こうしてみんなが集まってお喋りするのも心地いい。 時折、綱吉が見たこともないような柔らかい微笑みを浮かべていて、ハルはさっきの写真の二人を思い出す。 あんな顔を見せつけらのでは勝てない勝負に挑むようなもので、最初から彼の“特別”にしてもらおうなんて気にもならなくて、他を寄せ付けない二人の甘い雰囲気がなんだか笑えた。 「俺はこっちがいいです」 「ちょっとランボ!割り込まないでよ」 「まぁまぁイーピンちゃん。ランボちゃんもうちょっと詰めてあげてくださいね」 ハルとイーピンが座っているソファの間に無理矢理入り込んできたランボは、心配そうにハルを見つめると口許を彼女の耳によせた。 「…大丈夫ですか?ハルさん」 「はい?」 「ハルさんも見る目がないですね。俺にしとけばいいのに」 「ランボちゃん」 綱吉と獄寺の関係を知る者には、ハルが可哀想だと映ったのかもしれない。 くせっ毛に甘いマスクの、年齢より大人びて見える彼がハルを気遣ってくれているのが分かる。 小さい頃から知っているランボをそんな風には見れないけれど、彼の優しさが嬉しくてハルは「大丈夫ですよ」と笑いかけた。 「ラーンーボー!そういうのを余計なお世話っていうの!」 「いたたっ!痛いよイーピン!」 隣で話を聞いていたイーピンはランボの耳を思いっきり引っ張った。 素敵なレディになった彼女は今でも幼馴染みのランボと仲がいいけれど、怒らせると大変怖い。 「女はそんなに弱くないよ。どうするか決めるのはハルさんなんだから、あんたは黙ってなさい!」 「えー…だってさぁ。俺のほうがボンゴレよりカッコいいし」 「ランボが相手にされるわけないでしょ」 ランボの訴えはイーピンによって一刀両断され、落ち込んでしまった彼を他の女性陣がフォローに入る。 何気ない日常のヒトコマ。 高架下の小さな隠れ家はみんなの隠れ家になって、そこに集う仲間と一緒に過ごす時間を大切にしたいとハルは思う。 いまは暖かくて笑顔が溢れるこの関係が、一番いとおしい。 |