お日様と影3


「浴衣で蹴りを入れんなよ!恭弥の綺麗な足が丸見えだろうがっ!!」
「は?」
「スーツのときはいい、だけど浴衣はダメだ!自分がどれだけエロい足してんのか分かってんのかよっ!」

ディーノの訴えに開いた口が塞がらない。
言われたことが一瞬理解できなくて、雲雀はぽかん、と彼を見つめてしまった。

「ツナ!お前、今の見てないだろうなっ!」
「…いや、獄寺くんならともかく、俺はディーノさんじゃないんで別に興奮しませんけど」
「10代目もなに言ってんすか」
「とにかく今、バトるのはなしだ!そんな格好されたんじゃ俺が集中できない!」

バカじゃないかこの種馬は。心底そう思う。

「…貴方は本当に種馬だね。そっちがやらなくても僕は好きにさせてもらう」
「ほらまたそう言う。恭弥!俺はお前の体だけが目的な訳じゃない。恭弥を心から愛してるから、正直に思ったことを言ってるだけだ」
「それが余計なことだって何回言えば分かるわけ」

ディーノは人前でも愛を語ることに躊躇いがない。だからだろうか、他の二人が冷ややかな視線を送っていることも気づかないのか無視してるのか、気に止める様子が全くなかった。

こんな男を咬み殺したところで腹の虫が収まりそうにもない。
ため息をついて、雲雀は全員を見渡すと静かに告げた。

「――もういい。闘わないならとにかく全員出てって」
「え?俺も?」
「当たり前でしょう」

でてけ、今すぐ出てけ、瞬時に消えてくれ。

雲雀の無言の圧力に、居住まいを正した沢田は「すいませんでした」とおどおどしながら頭を下げた。

――さっきとは違うな、と雲雀は沢田を見て思う。

仲間の危機になると顔つきがガラリと変わる。ディーノも同じだ。
どうして他人のために一生懸命になれるんだろう。獄寺がわざわざ沢田に助けを頼んだわけでもないのに、知らせがくれば普段は怖がって必要以上の接触を避けるくせに雲雀のアジトへ躊躇いなくやってきた。

ディーノもやはり、雲雀の危機を察すれば同じように行動するんだろうか。

少しだけ想像してみる。
まずもって雲雀が危ない状況になるようなことはないけれど、窮地に立たされた雲雀をディーノが助けにくる姿が容易に推測できて、雲雀は眉をひそめた。

「バカ猫が」と悪態をつく獄寺の横で、沢田は苦笑いを浮かべ右腕の肩を抱く。
とても自然な動きに、なにかモヤモヤした気持ちが広がって雲雀は二人を呼び止めた。

「君たち、意識してないかもしれないけど人前であんまりイチャつかないほうがいいんじゃない」
「はっ!?えぇ!?いやそんなつもりは…っ」
「雲雀っ!おまっ……!!」
「まぁ、僕には関係ないけど」

顔を真っ赤にして慌てふためく沢田と獄寺に背を向けて、ヒバードと共に縁側へ移動して腰かけた。
部屋の片付けは草壁がそのうちするだろう。それまではここで動物たちと戯れながら待つしかない。

「雲雀」と獄寺に呼び掛けられ、視線を少しだけ後ろに向けた。

「あと…迷惑かけて悪かったな」
「貸しにしておくよ」
「おぅ。近々返してやるぜ」
含みを持たせた笑い方は、こちらに有益な情報が回ってくる予定があるのだろう。期待せずに待っておくよ、と返すとヒバードが「バイバイ」と言って雲雀の周りを飛び回った。


ぼんやりと庭を眺める。外は西に輝くオレンジ色の太陽が辺りを染め、段々と夜が空を支配し始めていた。

今日の自分はどこかおかしい。
正体不明の感情に一番戸惑っているのは、雲雀自身だった。

きっとディーノのせいだ。
あの種馬がずっと心を掻き乱すから、いつもの調子がでない。自分もヤキが回ったな、と雲雀は頭を抱えたい気持ちになった。

「恭弥」
「なんだ、まだ居たの」

気配に気づいていたけれど、居ないものだと無視を決め込んでいた。

背後からぎゅっと抱きしめられる。
あれだけ腹を立てていたのに、雲雀はディーノの好きなようにさせていた。

…もう幼い子供じゃないんだから、本当は分かってる。だけど分からない振りをしていたい。

「触り放題だ」とモラルのない発言を口にするディーノが腹立たしいのは、そこに気持ちが伴っていないようなことを言ったから。
暫く経てばいつものようにヘラヘラ笑って自分の名を呼び、先のことを謝りもせずここへやってきたディーノに怒りを覚えた。
そしてあんな顔をして、獄寺のために動くディーノが気にくわなかった。

ぜんぶ全部、ディーノが悪い。

ディーノの方が雲雀に溺れていたはずなのに、これでは自分ばかりが彼を追っているみたいだ。

群れることが大嫌いで、誰に頼ることなく今まで一人で生きてきた。
なのにディーノのせいで頼ってしまいそうになる自分に、ほとほと呆れてしまう。

「僕はバカなのかな」
「な!そんなわけないだろ。滅多なこと言うんじゃない」
「あ、そう」

認めたくはないが、ディーノに心を寄せてしまっていた。愚の骨頂だ、と思う。

――愛してるといわれて、安心してるだなんてバカだ。

ディーノのハニーブラウンの柔らかい髪が頬をなぞる。いつもほんのり甘い香りがして、雲雀は慣れた匂いにほっとした。

距離がゼロになった証拠だから。
ディーノが、自分の傍に居る。

「恭弥、ありがとな」
「何が」
「俺を近づけさせてくれてさ。こうやって抱き締めさせてくれて、ありがとう」
「今さらなに言ってんの。貴方が勝手に抱きついてくるんでしょう」
「いいんだよ。俺が勝手に嬉しいって思うから、ありがとうって言いたいんだ」

ディーノの茶色い瞳に、雲雀の姿が映る。
あのとき感じた既視感の正体は、この中に居た。

――あぁ、あれは僕だったんだ。
だとすれば獄寺と同じように、自分もあんな不安定な顔をしているんだろうか。

「どした?恭弥。人の顔をじっと見て」
「…別に。ただ、変な人だと思って」
「なんだよそれ」

クスクス笑って、頬と頬を密着させるように片腕で雲雀の頭を包む。もう片方の腕は腰に回され、ディーノの足の間に挟まれた格好になった。

「寒くないか?」
「暑苦しいよ」
「じゃあ恭弥が風邪引かないでいいな」
「…本当に人の話を聞かないよね」
「そんなことないぜ?俺は恭弥の愛の奴隷だから、恭弥のためならなんだってする。だからお前は思いっきり俺に甘えていいんだぞ」
「ふぅん。じゃあ離れて」
「つれないこと言うなって」

やはり会話のキャッチボールが成立しなくて、相手をするのも面倒になり雲雀は目を閉じた。
あんな甘い顔を自分もしていると思うと居たたまれない。

「恭弥、愛してる」
瞼の奥でディーノがお日様のように微笑む姿が見えるようだった。

ディーノは分かっていない。雲雀が人に心を許すという意味を。
いまだって、あれだけ荒ぶっていた感情を結局は胸の奥の奥に押し込んでしまっていた。

それは特別な手錠で縛り付けるよりも強固に束縛する激しい独占欲であったり、根底に渦巻く黒い感情であったり。

お日様は照らされた場所ばかりを見つめて、光が遮られた影の暗さを知らないのだ。

だから、もう暫く気づかない振りをしていたい。
もし雲雀がディーノと同じ言葉を返したら、どこまでも付け上がるんだろう。

そんなのは面白くない。跳ね馬を喜ばせるにはまだ早い。

ディーノが自分の気持ちに追い付いたら、言ってやってもいいかと雲雀は思う。



ゆらゆら動く漆黒に気づいたディーノは、ヒバードに言付けを伝えて、彼を抱えあげた。
いつしか眠りについた雲雀を用意された布団に横たえ、お休みのキスを額に落とす。

――おやすみ、またあした。

雲雀の枕の横に落ち着いたヒバードは「オヤスミ」とディーノに別れを告げる。

まるで夜空に浮かぶ満月のようだとディーノは仄かに口許を緩めた。



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