お日様と影2


手の甲に「X」の文字が浮き出たグローブは、額の炎が消えると同時に毛糸のミトンに姿を変える。

「獄寺くん!大丈夫!?」
「じゅうだいめ…」

ディーノが獄寺の上司である、沢田綱吉に連絡したのだろう。
そんなに間があったとは思えない猛スピードでここへ来た沢田は、雲雀に「お邪魔します」と挨拶もそこそこに上がり込み、獄寺の元へ近づいて肩を抱いた。

「可哀想に、ひどい顔してる。…なにがあったの?」
「瓜が…瓜が、」

昔から雲雀を見ると必要以上にビクビクしている沢田は、育ちがいいせいか割と挨拶や礼儀を忘れない。
そんな男が形振り構わずここへ乗り込んでくるのはかなり珍しいことだった。

それほど、獄寺に惚れ込んでいるらしい。

付き合いはかなり古い二人が恋人関係にあることを、彼らの周囲で知らない者はいない。
いつも一緒にいるくせに普段から甘い雰囲気を隠そうとしない彼らに、雲雀は「馬鹿じゃないの」とうんざりしていた。

「瓜?――具合が悪いの?」
「会議から帰ったらぐったりしてて…それでヒバードなら分かるんじゃねえかって、あわててここへ」

不安げな瞳を沢田に向ける獄寺に、雲雀は眉をしかめた。

先ほどとは何かが違う。
雲雀のもとへやってきたときの獄寺も心配そうな顔ではあったが、沢田がやってくるとそれがいっそう表情に現れた。
まるで迷子の子供が母親を見つけたときのような、安堵と不安が入り交じった瞳。
その感覚に妙な既視感を覚えて、なんだか居心地が悪くなった。

この感覚はなんだろう。

「ツナ、いま匣の専門家をここに呼んでる。しばらくしたら到着するから、お前はそれまでスモーキンボムの傍にいてやれよ」
「…あー、その、ディーノさん?その必要はなさそうですよ」

その場にいる全員が、沢田の言葉に耳を傾ける。

「じゅうだいめ?」
「俺、原因わかっちゃったかも。心配することないよ獄寺くん」

自信なさげにポリポリと頭を掻く沢田は、瓜の頭を撫でながらヒバードを呼んだ。

「瓜。獄寺くんがいない間になに食ったか正直に話して」

目を閉じていた瓜は、少し口を開いて何かをヒバードに告げる。
ヒバードはふんふんと頷いて、瓜の言葉を通訳し始めた。

「クッキー、チクワ、ウインナー、サカナ、パン、ハンバーグ、ヤキニク…」
「もういいよヒバード。ありがとう。また盗み食いしてたんだろ?全くお前は…」

呆れた、とため息をついた沢田を始め、他の3人は目が点になった。

「獄寺くんは知らなかったんだ?瓜のやつ、君がいない間に色んな人からエサをよくねだってたんだよ。体が小さいくせして食いしん坊だからなぁ」
「に、にょあぁ…」
「ツナ、ウルサイ」

沢田は一目で瓜の「食べ過ぎ」に気づいたらしい。

苦しそうに鳴き声を上げる瓜と、完璧な通訳をするヒバードの声が静まりかえった部屋に虚しく響いた。

なんとも言えない重苦しい空気を破ったのはディーノだった。

「なんだ、良かったなスモーキンボム!変な病気かと思って心配したけど、何ともなくて安心したぜ」

獄寺の背中を叩いて豪快に笑う横で、獄寺は頭を垂れブルブルと全身が震えている。かと思えば、突然がばっと立ち上がり瓜の脇に両手を入れて睨み付けた。

「こ…ンのバカ猫があああぁぁぁー!!心配して損した!テメーはしばらく飯抜きだ!つか匣から出んな!」
「ご、獄寺くん!あんまり振ったら瓜が戻しちゃうから!」

ギャーギャー騒いでいる輩の背後に、鋭い視線が突き刺さる。

「――君たち、いい加減にしなよ」

雲雀から発する殺気で、漆黒の髪が逆巻いてるんじゃないかと思うほど怒りのオーラがこの部屋に漂った。

「たかが食べ過ぎで騒ぎ立てて、人んちで群れて。覚悟はできてるんだろうね沢田綱吉」
「す、す、すみません雲雀さんんん!!以後このようなことがないよう気を付けます!」

騒ぎの発端は瓜の飼い主である獄寺なのだが、雲雀は既にトンファーを構えて上司の沢田に臨戦態勢を取っていた。

散々人を巻き込んでおいて、飼い猫の監督不行き届きだったなんて馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
ただでさえ虫の居所が悪いのに、この結果はなんだ。心配して損したのはこちらのほうだ。

咬み殺さなければ鎮まりそうにもない雲雀の苛立ちを、またも遮るように背後から手首を捕まれた。

振り返らなくても分かる。こんなことをするのはディーノしかいない。

「こう見えて恭弥もヒバードも心配してたんだぜ。仲間が無事なのはいいことだ。瓜を大事にしてやれよ」
「煩いよ」

ドカッ!

なぜ種馬にそんなことを言われなきゃならないのかと、手首を捕まれたほうの肘をディーノの顔面へめがけて打ち込んだ。

イライラする。
今日一日でどれだけフラストレーションが溜まったか分からない。
この一発で怒りが収まるはずもなく、その矛先は自然とディーノへ向けられた。

「邪魔をするなら、貴方から咬み殺す」
「いつつ…。恭弥、そんなに怒るなって。綺麗な顔が台無しだろ?」

打たれた鼻頭を押さえ、もちろん怒ってても恭弥は可愛いけどさ、と人目を憚らず訳の分からないことを言われ、雲雀の怒りは頂点に達した。

「僕を本気で怒らせたね」
「ち、ちょっと待て恭弥!」

ブォン、とトンファーが空を切る。
寸でのところで身を反らせ1発目はなんとか避けたディーノだが、立て続けに襲い来る攻撃に腕でガードした。
ジンジンと痛みで腕が小刻みに震える。

すかさずディーノのボディに蹴りを食らわして、ディーノは襖を突き破り廊下へ転がった。

「ディーノさんっ!」
「…こんなもんで貴方がやられるわけないでしょ。早く立てば」

まだ遊べと雲雀がディーノを呼ぶ。
いてて、と腹を抱えてよろけながら立ち上がったディーノは雲雀が待っていても己の武器を取り出そうとしなかった。

「お前なぁ…」
「何か文句ある?さっさと来なよ。まだ咬み殺し足りない」

怒っているのか、ディーノの全身が震える。雲雀を指差し声を張った。



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