お日様と影1


モラルの欠片もない男に、どうしようもなく腹が立っていた。

怒りを隠さず、しかし机に書籍を開き静かにそれを眺めているのだから、彼の取り巻きである風紀の面々に言い知れない緊張感が漂っている。

誰もが思うだろう。
――今、雲雀恭弥に近づけば間違いなく殺されると。

そんなときに、どかどかと盛大な足音を立て彼はやってきたのだ。


「雲雀はいるか!!」
「――何の用?」
「ヒバードを貸せ!早く!」
「なんだって君に…」
「う、瓜が変なんだ!」

真っ青な顔をして飛び込んできたのは、ボンゴレの右腕である獄寺隼人だった。
腕に抱えた仔猫は獄寺の匣ボックスの嵐猫・瓜。いつもは飼い主に似て落ち着きのない騒がしい猫なのだが、どうも様子がおかしい。
人に抱かれることを極端に嫌う瓜が、獄寺の腕の中でぐったりしている。
その異変に気づいて、雲雀は獄寺を和室に招き入れると瓜の頭を撫でた。

「この子どうしたの」
「わからねぇ、今朝まで元気だったのに会議から戻ったらこんなで…。芝生がいたら漢我流んとこ連れてくけど、動物病院に行くわけにもいかねぇし」

獄寺はひどく狼狽えていた。成長して少しは理性的に動くようになった彼には珍しく、肩で息をしている。アジト中を走り回ったんだろう。
いつもなら直ぐ様追い返しているところだが、雲雀は何も言わず不安げな獄寺に視線を向けた。

「ヒバードだったら喋れるし、なんか分かるんじゃねえかと思って…」
「――ちょっと待ってて」

雲雀はそう言うと障子を開け、板の間に出るとヒバードを呼んだ。
するとどこからかやって来た黄色い羽を広げた小鳥が一羽、雲雀の腕に音もなくすっと降り立つ。

「ヒバリ、ヒバリ」
「散歩中に悪いんだけど、この子、具合がよくないみたいなんだ」
「ピピィ」
「教えてくれない?」

雲雀を見上げ、再び羽を広げて今度は獄寺の腕に着地したヒバードは、瓜に顔を近づけると何やら小声で話す仕草を始めた。

「ウリ、キモチワルイ、ウゴケナイ」

人語を話す鳥は二人に瓜の言葉を伝える。
獄寺はいっそう顔を青ざめて、瓜を抱えたままその場にへなへなと尻餅をついた。

「う…瓜、大丈夫だ!心配すんな!俺がなんとかしてやるからな!」

瓜が獄寺の励ましに答えてにょおん、と微かに鳴いた。
普段に比べ余りのか細い声に、当惑している飼い主は大丈夫を繰り返す。他に出来ることが思い付かず、ただ安心させてやりたい一心なんだろう。

匣アニマルが病気になるなんて、聞いたことがない。
流石の雲雀も獄寺が憐れに思えて、匣アニマルに詳しそうな人物に連絡を取ろうとした、

――その時。

「きょーやー!あのさー!」

能天気な声が奥から聞こえてきて、せっかく忘れていたのにまた雲雀の怒りボルテージがぐんと上がった。

…どうしてあの種馬は、いちいち人の地雷をついてくるのか。

愛用のトンファーを取り出して、入った瞬間咬み殺してやろうと思った雲雀は、パタパタ目の前を飛び回るヒバードに邪魔をされてしまった。

ヒバードは人間―特に、雲雀―の感情にとても敏感だ。ケンカはダメ、と注意され、もたついたその間にディーノが部屋にやってきてしまった。

「あれ?スモーキンボムがいるなんて珍しいな。どうかしたか?」
「跳ね馬!」
「ツナが会議中だって言ってたから、てっきり…」
「それどころじゃねーんだよ!」

獄寺の動揺ぶりに、ディーノの目付きが険しくなる。

「何があった?」
「瓜がさっきからこの調子で…」

言い終わる前にディーノはしゃがみこみ、獄寺の腕にいた瓜の様子を確認する。

「匣アニマルが病気になるなんて珍しいな。よし、ちょっと待ってろよ。匣に詳しい専門家が知り合いにいる」
「なんなの貴方、いきなり出てきて」

雲雀は非常に虫の居所が悪い。その役目をたった今、自分がしようとしていた。
急に出てきて人のお株を奪うこの男は、一体何様なんだ。

「まぁ落ち着けよ恭弥。俺だってスクーデリアがこうなったら心配する」
「そうじゃなくて」

人の話を聞かず、さっさと携帯を取り出してどこかに連絡を取るディーノが腹立たしい。

…こんなとき、急にボスの顔になるんだ。

雲雀を見る目はただでさえ垂れ下がった目尻をさらに下げてアホ面になるくせに、有事の際は顔つきが変わる。
ひどくアンバランスなのにそれが凄く格好よくて、認めたくはないが雲雀は胸が高鳴った。

…だけど、この顔つきにさせた理由が自分以外だと思うと釈然としない。

次から次へと黒い感情が溢れ出て、かといってそれを認めてしまえば、自分が心底この種馬に惚れていると自覚してしまいそうになり、一層イライラが募る雲雀だった。

「すぐに来るってさ。ツナには言ったのか」
「…いや、まだだ」
「そうか。俺が連絡しといてやるから、お前はここにいろ。恭弥」

いいよな、とディーノは雲雀に視線を送った。
いいも悪いも、放心状態の獄寺を動かすことができるわけないのだから仕方がないだろう、と怒りを隠さずディーノに凄む。

群れるのは嫌いだ。
誰かにボスの顔を見せるこの男は、もっと嫌いだ。

…子供じみた嫉妬に喘ぐ自分が一番、嫌だ。

庭からゴゥ、と飛行機が飛んできたような音が突然聞こえてきて、開け放った障子を振り向くと、額に緋色の炎を灯した男が今、まさに雲雀の小さな日本庭園へ降り立つところだった。

――なんなの、君たちは。なんでウチに集まってくるんだ。



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