けんかなう。


雲雀の機嫌が悪い。

応接室で黙々と書類に向かうのはいつものことなのに、醸し出すオーラがひどく張り詰めていた。それを切ったら最後、鬼の形相で滅多撃ちにされそうなほどに。

いつもは雲雀から離れたがらない甘えん坊なハリネズミのロールでさえ、窓の桟で我関せずと日向ぼっこをしている。

そんな様子を不思議に思ったヒバードは、雲雀の邪魔にならないようにワークテーブルの端に止まった。

「ヒバリ、ヒバリ」
呼び掛けても視線をやるだけで、雲雀の作業はまだ続いている。ヒバードはお腹が空いていた。

並盛中学の校歌が静かな室内に響く。机上に置かれた雲雀の携帯が細かく振動しているのに、雲雀は出ようとしない。

「ヒバリ、デンワ」
「わかってるよ」
暫く震えていた携帯はそのうちピタリと動くのを止めた。

雲雀は立ち上がり、ミニキッチンのあるほうへ向かっていく。ヒバードの餌を用意するためだろう。

ヒバードは首を傾げた。
昨日まであんなにご機嫌だったのに、なにかあったのかな。

そういえば今日はディーノが来る予定だったのにいないのも変だ。時計の針はもうすぐ5時を指そうとしている。いつもなら3時過ぎには訪れるのに。

ヒバードはエンツィオやスクーデリアに会うのを楽しみにしていたので落胆した。会いたかった彼らに会えないのは寂しい。

ディーノとケンカでもしたのだろうかと心配していると、また並中の校歌が震音とともに流れ出す。
ヒバードは雲雀の携帯画面を覗き込んだ。相手はディーノだ。
なんとか体をぐりぐり押し付けて、ヒバードはその電話を取る。

『恭弥か!?よかった、やっと出てくれた。ほんっとーにごめんな!穴埋めは絶対するから!俺もお前に会いたいんだけど今日はどうしても外せない用ができちまって――』
「ハネウマ!クル!」
『…ん?あれ、ヒバードか?』
「ヒバリ、ヒバード、ロール、マッテル!」
受話器の向こう側でディーノがため息をついた。彼も元気がなさそうだ。
『悪い。ヒバード、今日は行けないんだ』
「ピィ?」
『色々あってさ。ごめんな』

どうして来れないんだろう。雲雀があんなに悲しんでいるのに。ディーノも寂しそうなのに。

「ヒバリ、ナイテル」
『えっ!?』
「泣いてるわけないでしょ。なにいってんの、君」
餌を持って戻ってきた雲雀は席に座ってヒバードを人差し指に乗せた。
「ヒバリ、ハネウマ、コナイ」
「知ってる。あの人も忙しいんでしょ」
「ディーノ、ヒバリ、アイシテル」
「なにそれ。いつのまに仕込まれたんだい」
ディーノは落ち込んでいた。雲雀を愛してるから、会えなくて寂しいんだと伝えたかったのに伝わらなくて、ヒバードはとぼとぼと雲雀の指に乗っかった。

ヒバードは首を回して窓に目を向けた。
ロールもきっと寂しい想いをしてるから、こちらに見向きもしないのだ。

悲しい気持ちをもう一度奮い立たせて、ヒバードは雲雀の指の上で訴えた。
「ヒバリ、アイシテル、アイシテル」
「…そんなの、」

ぽつり。
俯いて表情の隠れた雲雀から、言葉がこぼれ落ちた。

「そんなの、言葉だけならなんとでも言える。あの人が目の前にいるから意味あるんじゃない」
「ヒバリ、サミシイ?」
「…どうだろ。よく分からないな」

そういって小さくヒバードに微笑みかける雲雀は、笑っているけれど悲しさが溢れていた。
そんな顔をされると、ヒバードも泣きたい気持ちになってくる。

『恭弥ああぁ!』
「!」
『本当に悪かった。終わったらすぐいくから!ちゃんと、お前を抱き締めて愛してるって言う!夜中になっちまうかもしんねーけど、絶対行くからな!』

携帯から大音量の音が響いてぶつりと切れた。

「…きみ、電話したの」
「チガウ、デンワ、デタ」
「勝手に僕の携帯に触らないでくれるかい」
言い方は厳しくてもヒバードの頭を撫でる手は優しい。

「ヒバリ、ワルカッタ!」ごめんなさい、のつもりなんだろう。雲雀は口の悪い鳥の小さな額を指先で軽く小突いた。
「今夜、あの人が来たら君に変な言葉を覚えさせないように注意しないとね」
「ハネウマ、クル、クル!」

さっきと違って雲雀の微笑みは幾分か嬉しそうだ。
だからヒバードも嬉しくなって、窓で丸まったロールの元へ飛んでいく。
ロールは日向ぼっこをしながらすやすや眠ってしまったようだ。目の下には涙の跡。

今夜、笑顔のみんなに会えるよ。
だからそれまでおやすみロール。

二匹に近づいた雲雀は窓の外を仰いだ。
きっと、ヒバードと同じように夜が待ち遠しいに違いない。

――大好きな人と会えばケンカなんてしなくて済むよ。
だってみんなと一緒にいれて、こんなに幸せな気持ちになれるんだから。

ヒバードは心の中で語りかけ、夜の楽しみに胸を弾ませた。



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