息ができない


「10代目、ここです」

獄寺が綱吉を背に扉を開けると、綱吉はその横顔をじ、と見つめた。

「あ、あの?もしかして、気に入りませんでした?」
「ああ、ごめん。違うんだ。獄寺君…変わったなって」
「え?」
「イタリアに来てから、すごい変わった」

今はもうほとんど代わりのない目線を合わせ、綱吉の鋭い眼差しがころりと動く。いつもは常に気を張り穏やかさを帯びることのないそれは、ただ一瞬だけ緩やかに笑った。

「変わりましたか?」
「うん。俺が危なくないようにずっと頑張ってくれて、守ってくれた」
「当然の事です」

予想どうりの答えが返って来た。
けれど綱吉は、小さく首を振る。

「違うよ。それは、違う」
「10代目…」
「君のいうように、右腕なんだから当然だってみんなは言うだろうね。でも、俺は違う。右腕がなければ俺は何もできない。…息だってできないんだ」

今回もそうだ。
この数メートルの距離の間で傷を負った獄寺の頬を、綱吉は先ほどまで滲ませていた暖かな笑顔から考えられないほど痛々しく歪ませた。
他愛のない、不良同士のケンカ。獄寺が間に入るほどもない。もちろん綱吉が手を焼くほどもない、相手。だがどんなリスクも獄寺にとっては自分が負うべきだと全てを背負う。

「だからね、君がいないと俺は俺でいられなくなる。覚えておいて」
「…はい」

項垂れる獄寺を見て、綱吉は困ったように笑う。何も責めてる訳でもないし悲しませたいわけでもない。
けれど、綱吉の言葉を一言一句大事に真摯に受け止める獄寺が、何よりも愛しく思う。

「隼人」
「えっ」

綱吉は獄寺の背中に手を回すと、ほんの少しだけ高い彼の頬に残る傷痕をぺろりと舐めた。

「…っ!、じゅ、10代目…っ!」
「もう一度言うよ。覚えておいてね」

君の傷は俺の傷。
俺の傷は君の傷。

「一心同体だって思えば、自分の事大事にしてくれる?」
「…10代目が、望むなら」
「うん。今はそれでよいよ」

だが、きっと同じ事があれば獄寺はその身を前に捧げるだろう。
それは綱吉も咎めようとは思わない。
でないと、獄寺がきっと息を出来ないから。

だけど。
彼が成長するたび、不安になる。
自分を守るためにありとあらゆる手を尽くし、身を危険にしても遂行する。
それが右腕の役目だと今は思っている。

右腕と10代目なんて今までは、因果だと思っていた。
だが、運命共同体と思えばそれも悪くない。

「だから、覚悟してね」

にっこり微笑む綱吉に獄寺が顔を赤くして惑っていると、背後から賑やかな兄弟子の声が飛んできた。

2012.05.23



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