不思議なイタリア料理店 [ 65/78 ]
「あの……外人さんスか?」
「見りゃあわかんじゃあねーかよ」
「シ……シニョール、ワタシ『イタリア人』でス。トニオ・トラサルディーといいます、トニオと呼んでください」
億泰のよくわからない質問に答えるところ、トニオさん本当にいい人だ。
「こいつはハッピーだぜ、本場もんのイタリア料理が食えんのかよォ〜何食うかな?さっそく『メニュー』見せてくれよ」
イタリア人かどうかを訊きたかったのなら外人さんですかとは聞かないだろう……。
そろそろ睡魔も本格的になってきて、突っ込む気はないけれど。
「メニュー?『リスタ』のことですか?そんなもの、ウチにはないよ」
メニューがない?一体どういう事なんだろう。よくある写真付きのメニューがあるのは日本だけというのは知っているけれど、文字のみのメニューもないってことだろう、この反応だと。メニューがないという言葉を訊いて莉緒さんがなにか反応することもないところから、嘘をついているという事でもなさそうだし。
「どーいうこったい?メニューがねーつーのは……」
億泰はメニューがないという事にムッとして、少々イラついたようにトニオさんに訊く。けれど、そんな風な態度を取られてもトニオさんは笑顔を絶やすことなく
「料理の献立はお客様次第で決定するからです」
と説明した。
一応、飲食店でバイトをしているけれど、色々飲食店に入ったこともあるけれど、メニューが無くお客様次第に変わるなんて店は見たことも聞いたこともない。海外では案外そう言うのが多いんだろうか。
「だからおれが何食うか決めっからよォー、メニュー見せなよ」
「チガウ!チガウ!ワタシがお客を見て料理を決めるいうコトでス」
両者一歩も譲らず。この状態で、先にしびれを切らし手が出そうになったのは億泰だった。
「なんじゃあそりゃあ〜?おめーんとこ客の食いてーもん食わせねーっつゥーのかよ――」
「億泰、暴力沙汰は……」
黙って見ていないで、仗助も止めてほしい。何かあってからじゃあ遅いし。
この後どうなるのかと思いきや、トニオさんは何をするわけでもなく億泰の手を見ていた。
「アナタ……昨日下痢しましたネ?」
「え!?」
「アナタ腸の壁が荒れてイマス、それに睡眠不足でス4時間ぐらいしか寝てませんですネ?目がハレぼったいハズでス」
それを聞き億泰は驚いた顔してトニオさんを見ている。どうやら当たっているようだ。
……莉緒さんがにやにやしながら見ている事からも、この人はすごい人ってことだ。
その後、トニオさんは億泰に左手もみせるよう言うと、左手も見て右足に水虫、奥歯に本虫歯、左肩の肩こりを当ててしまった。まるで占い師のように。
「そ……そんな……?なんでわかるんだ?」
「ワタシは両手をみれば肉体全てがわかりまス」
「そっ……そのとおりだよッ!全部当たっているぜ――ッ」
頭が悪いっていわれなかったのがうれしい、と小声で億泰が言っていたことはスルーしてあげることにしよう。
にしても、トニオさんって……一体……
「莉緒さん、トニオさんって占い師とかそういう系統の方ですか?」
まさか、占い師兼コックという新しいタイプのあれとか?
最近は何が流行るかわからないものだし……
「やだ、違うよ千里ちゃん。だいたい占い師がみんな手相見るわけでもないんだし。私の知り合いの占い師さん然り。」
「そうなんですか……。」
だとしたら、経験から培ったものなんだろうな。
「ワタシは人々が快適な気分になるための料理をもとめて世界中を旅して来ました。
中国の漢方料理も習いました……アマゾンの『薬使い師』にも修業しました……アフリカの山野草も研究しました……そしてワタシの祖国、イタリア料理に取り入れたのです。数千年の歴史ある南イタリアの地中海沿岸部の人々というのは成人病が少なく長生きです。それはヘルシーなイタリア料理を食べているからです。ワタシはあなた方を快適な気持ちにするための料理を出します。
オー!ゴメンナサイ!説明するヒマあったら料理をお出ししなくてはイケませんでス。えーとこちらのシニョール、シニョリーナは?」
トニオさんは私たちの前にあるグラスに水を注ぎながら私と仗助に注文は何かと訊いてきた。
私が疑問がありそうな顔をしていたのを見たからか、トニオさんはここの料理がどういうものか説明してくれた。確かにそこまでの料理の修業をしていればあれくらいの事簡単にできるだろうなと思った。
「私は何か糖ぶ……デザートを」
「シニョリーナ、あなた今日はほとんど寝ていませんネ?それに片頭痛を持っている」
「え、あ……はい。」
寝ていない、ということは誰が見ても一目瞭然なんだけれど片頭痛持ちという事は当たっている。やっぱり凄い人だ、この人。
「おれはあんましハラスいてねーからよー、コーヒーだけでいいっス。『カプチーノ』ひとつ」
「オ・カピートォ、かしこまりました」
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