空は何処までも晴れて、広い。
病室はどうにも狭くて、空が見えなくて良くない。
とっくに治った傷、とっくにもどった意識、地に足がついて歩く感覚ものに触れる感触。
すべては懐かしいようで、すべては至極当たり前の事だ。
ただ、あの時と違って無いものがある。
庭先にあるベンチに腰掛け、スケッチブックを開いて眼鏡越しに空を見る。
あの時の事が、何処か夢のように感じる。
後遺症もなく指は動いた。さらさら、庭の草木と空を描いて行く。
何故だろう、絵を描くのは大好きなのは勿論なのに、それがさらに楽しい事な気がしている。
気分が何故か、高揚する。
『世辞抜きに、お前の絵は綺麗だと思った。』
ああ、そんな言葉がとても嬉しかったんだ。なんの飾りもない素直な褒め言葉。
暖かかった、温かかった。
冷たい中で、握ってくれた手は今は無い。
絵だけが、この世界で楽しいことというわけじゃないんだ。
心地のよい風が吹き抜けて髪を撫でる。
遠くで車の音が聞こえる。
静かな時間は続く。些細な音だけの時間は続く。
近くで足音がした。
鳥の声がよく聞こえる。
「良い絵じゃあねぇか。」
一週間か、すこし、何故か懐かしい声。
「……グラッツェ」
スケッチブックから、そちらに目を向ける。
ああ、やっぱり、夢なんかじゃあない。
「私ね、好きだよ」
「何がだ?」
また会えたら、言いたいことがあった。
また、手を握って、言いたいことが
「プロシュートの、体温が好き。ずっと触れて居たいくらいに」
触れた手は、熱くも、冷たくもない調度いい心地良い温度。
それを聞いた彼は、口角を上げて
「俺はお前のその絵が好きだ。描いているその手も、表情もな」
ああ、やっぱり。
この人に言われる褒め言葉は、とても嬉しい。
空は何処までも晴れて、広く続いてゆき、輪転する。