-->
私にとっては過去の出来事だ | ナノ
imposta e muro
其れは、ある種の精神病。
厄介な事に、その病は年を追うごとに薄れることはなく、といって強大化する事もない。
綿で首を吊るような、そんなゆるゆるとした浸食。
その病は、いつまでもいつまでも悪夢を見させて精神を蝕んでいく。
とある、亡霊の夢を
※
イタリアの六月。ついに一カ月、相変わらずあの日本に帰れる予兆も何もなく、家事をしてたまに外に出て、買い出しをしたりして日々を過ごしていた。
すっかりここの生活に慣れてしまった自分。
日本の六月といえば、じめじめとした梅雨。ずっと雨の降り続ける雨季。
それと違いイタリアの六月は初夏の日差し。
本当になんとも不思議な感覚ではあるけれど、いくら晴れていても洗濯物を外に干せないという時点で、私には大した恩恵はない。
「よし、洗濯物終了!」
干し終わった洗濯物。今日は早くに起きたということもあって朝食前に終える事が出来た。
やっぱり、部屋干しで完了って言うのはなんだか…変な気分だけれど。
「早くからお疲れ、由紀」
「うわぁっ…って、メロー、ネ?」
突然の声に驚いて振り向くとそこにはメローネがいる。
ここの人たちは、歩く際気配を消すのが癖になっているのか、いや職業柄仕方ないけれど。
とにかく心臓に悪い…ということは置いておき、なにかおかしい。
たった一カ月共に過ごしただけの私にもよくわかる。
それくらいメローネの様子はおかしかった。
声に覇気はなく、顔色は至って良くない。
「ねえ…メローネ、元気なさそうだけど、大丈夫?」
そう私が訊くと、メローネは力なく、無理に作っているのがよくわかる笑顔をこちらに向けて
「大丈夫。ちょっと由紀にたのみたい事があるんだ。」
いい?と訊かれる。
大丈夫って、この様子で大丈夫のわけがない。
もし仕事に出るとかそういう無理な内容なら断るつもりで頷く。
「この二日、ちょっと休むけど気にしないでってリゾットに伝えておいて。」
「うん、いいけど…メローネ」
「じゃあ、またね」
呼びとめる合間もなくメローネは洗濯部屋を出ていく。
ドアを開けて、メローネを追いかける事はなぜかできなかった。
そのドアが、なぜか開くような気がしなくて。
メローネが、拒絶したような気がして。
それにしても、リーダーに伝えて欲しい…確かに休むのなら上司への連絡は必須だ。
なのに、自分から言わず、きっとたまたまその日一番最初に会った人に言付けをしたというところだろうか。
気にしないでって言うのはどういうこと?
病気なら病気って伝えるべきだと思うし、寧ろあの様子で大丈夫なの?
あんな調子のメローネを、放っておいていいの?
※
その病は、三日間だけ発病する。
全身に浸食するのには一日と必要とせず、一晩のほんの一瞬で体全身を蝕む。
急速に体に気だるさが、一切の食物の摂取が阻害される。
それから、精神を蝕む悪夢が始まる。
精神は、一定の速度で蝕まれていく。
『メローネ』
亡霊はただ、自分の名前を呼ぶ。
たった一人。自分の目線は低く、亡霊の足元だけをただ見続ける。
顔を上げて、その亡霊の顔を見ようだなんて考えは持たない。持てるわけがない。
その亡霊が、どんな顔をして自分の事を見ているのか。声色だけでは到底分らない。
そして、その顔を見てしまった時、オレは
『メローネ、』
何を言うわけでもない、ただ名前を呼ばれるだけの夢はいつまでも続く。
そう、この人は
※
「リーダー!」
洗濯部屋から出て、キッチンに着くとそこにリーダーは居た。
丁度朝食の準備中。一体この人は何時に寝ているのか……?
と、そんな事はいい。
私が呼ぶとリーダーは料理の手を止めてこちらを見る。
「どうした?由紀」
「えっと、メローネが二日間お休みするけど気にしないでって」
私が言うと、リーダーの表情がわずかに歪み眉間にしわが寄る。
ここからわかるのは、リーダーはメローネのあの状態に付いて何か知っている事と、それはいい理由ではないという事。
「もう、六月か。」
リーダーはまだ破られていない、五月のままのカレンダー見て呟く。
六月、それが何か関連しているのか。
「……分かった。俺が承知していればいい話だろう。」
「うん、じゃあメローネに」
「いや、その必要はない。」
メローネに伝えた事を言うべきかと思うと、リーダーに止められる。
「今日と明日、メローネには会わないほうがいい。」
会わないほうがいい?
それは、どういう意味なのか。
「でも、ご飯とか」
「この二日間は、あいつは部屋から出てくる事はない。出てくるとしても誰もいない深夜くらいだ。
今までの事を考えると、食事は摂らないだろうな」
それって、ご飯は食べないってこと?
二日間も?
さすがに、ただでさえあんなに体調悪そうなのが悪化するんじゃあないの?
「リーダー!それ…」
「六月の初め、必ずあいつはこうなる。詳しい理由は知らない。
この二日ばかりは誰一人としてメローネに関わろうとはしない。向こうもそれを望んでいるからな。」
人を、チーム員すらも。
それは、何故なのか?私には全く理解ができない。
Prima _ prossimo
ritorno
Segnalibro
(35/71)