その一秒スローモーション

長い下り坂を走れば、バス停はすぐ近く。


「承太郎―――!置いていかないで―――ッ!!」


寝ぐせのついた髪もそのままに、
昨日の雨でできた水たまりを今日の為におろした靴を汚さないためにも避けて、私は承太郎を追いかけた。






今日は、ジョセフさんが日本に来る日。

もちろん、早起きしてホリィさんと承太郎と一緒に早く空港に行くつもりだった。


……寝坊した。


早寝をしたにもかかわらず盛大に寝坊した。
起きない私が悪いのはわかっている。承太郎が怒鳴ったところでようやく起きた。

起きたら起きたで、もうホリィさんは先にバス停に行ったというし、私にそれを言った承太郎は着替える私を置いて先に出ていくし。


いやいやいや、もう少し待っててくれたって。
確かにバスに遅れるかもしれないけど、着替え位待ってくださいよホント。


と、言うわけで


「承太郎―――!待ってってばーッ!」


履き慣れない靴というのもあって、なかなか追いつけない。

さらに、水たまりをよけるというミッション付き。これは難易度の高いゲームだ。


「よっ、と」


偶に大きいのとかあるからまともに前も向いて歩けない。

とりあえずこの長い下り坂を下りきる前に承太郎に追いつかないと……いや、もうちょっとで追いつくはず。


「おい、前見ろ」


「へ?―――ッわ!?」


そう思って次の水たまりを回避しようとした時だった。

目の前にいつの間にか承太郎。おお、追いついていたのか私。
じゃない、目の前ってレベルじゃない、これぶつかる!

その一秒間がスローモーションのようにゆっくりと動いた気がしたけれど、その中で私が早く動けるわけじゃない。

急いで足を止めようとするも手遅れ。ぶつかる。


『びしゃっ』


さらにバッドニュース、足元から水の感覚。もっていたバッグもその拍子に落とした。

不幸な時は不幸が重なりに重なるって、こういうことか。


「………」


「あ……あはは……」


思考回路が半分止まる私に、無言の承太郎。これは、怒っていますか?

とっさに防衛本能で乾いた笑い声が出る。



「ご、ごめんっ!怒ってるよね!」


どもりながら言う言葉。正直、この場から逃げてもいいかな?


「下向いて走るな。莉緒」


めんどくさそうにそう言いながら、承太郎は水浸しになったバッグを拾ってくれた。


「ほら、ちゃんと持ってろ。」


そのまま差し出されて、私は両手でそれを受け取る。

受け取ると、承太郎は私の頭をポンと軽くたたく。


「………ありがとう!」


私が言うと、承太郎はまた歩き出す。
私もそれに続きびしょぬれの靴で歩き出す。


一筋の風が木の葉を揺らし、木の葉に残る雨露が頭にぱらりと降りかかる。

それに反応して上を見るのと同時に、私は見上げる。


………もしお兄ちゃんとかが居たら、こんな感じだったのかな。

こんな頼りになるお兄ちゃんが居たらそれは良いなって思うけど。



「どうした?」



「んー?承太郎がお兄ちゃんみたいだなって思ってただけ」


「なんだそりゃ。」


「なんだろうね?」


ふふっと笑いながら、早足で承太郎とバス停に向かう。


「だったら、お前は手のかかる妹か?」

「手のかかるは余計だよ。」


そんな風に話していると、目前のバス停からバスが走っていくのが見えた。






―その一秒スローモーションsong by 初音ミク


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