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「こんな風に手をつなぐのは久しぶりだね。」
「走りながら言う事か、それは。」
「えーいいじゃん」
あと12分で丘に向かわなければいけないというのに、ヨシノは懐かしいと何度か言っていた。
「………懐かしい、?」
最後にいつ繋いだかを露伴は思い出そうとしたが、おかしい事に気がついた。
ヨシノと手を繋いだ記憶がない。
こんな走っているから思い出すことができないのか、それともあまりに昔すぎる話だからなのか。
しかし、走りながらもそれを思い出して笑顔なヨシノにそれを言う事は出来なかった。
そうこうしているうちに、丘がもう目前となっている。
「あともう少し!」
「知っている。」
『駆け抜けろ、あと1分だ。』
ヘッドフォンの声などもう聞こえないくらいに、全力で疾走した。
「終わったね。」
「は?終わっ……た」
丘はそこになかった。
たどりついて、ヨシノが終わったといった時にはそこは白い壁に囲まれた部屋であった。そしてなによりも、隣には手を繋いでいたはずのヨシノがいない。
『いいや、終わっていない。ここで途切れているだけだ。』
「……いい加減姿を現したらどうなんだ。」
『姿を現してどうなる?姿なんてないから見せることは不可能だけど』
「姿がない?なんだ、自分は透明人間だとでもいいたいのか?」
ヘッドフォンからの声はいつの間にか、自分の声ではなくなっていた。
いや、いつの間にか。最初は確かに露伴自身の声だと思っていたが、現在聞こえるそれは明らかに違う物なのだ。
『透明人間、まあ近いかもしれない。存在を作られていないが正解だが。』
「存在を作られていない?」
『ああ、作られていないんだ。岸辺露伴、君が途中でやめてしまったからな。』
「……僕が途中でやめた?」
『そう、やめた。だから僕の存在は作られていない。声のみっていうわけだ。』
世界の終了やら、丘に向かえやら、存在を作らなかったなどと言われ正直わけがわからなくなり始めていた。
そして、これはきっと夢なんだろうと思い始めていた。
『完成された存在は主人公とヨシノ、主人公の幼馴染。』
「ヨシノ……ッ!ちょっと待て、ヨシノはどこに……」
『どこにと言われても、彼女の役目はもう終わったのだからここにいるわけがないだろう。』
「役目?大体主人公とか君は何を言っているんだ、漫画の世界じゃあるまい……」
『漫画の世界だ、ここは。君の昔にかいた漫画の。』
漫画の世界などと、ついに夢だと決定づけるような非現実な物が出てきた。
「いい加減にしてくれ、僕とヨシノは漫画の世界の住人でなければ、君とも何のかかわりもない。」
『……岸辺露伴、君はヨシノと出会った日や今までどんなふうに過ごしてきたか、彼女の誕生日などを知っているか?』
幼馴染ならば、だいたいわかるようなこと。
即答してやろうと、露伴は思っていた。
「………どうして、思い出せない。」
彼女と過ごしていたような気はしていても、彼女と過ごした思い出が一切思い出せない。
いや、そんな日々はなかったようにさえ感じる。
『それが何よりもの証拠だ、ヨシノという人間はこの漫画の人物であり、君が作りだした物。設定づけていないところはどう考えたって出てこない。たとえ今君がこの漫画の主人公になりかわっていたとしても。』
「そう言う事だったのか……じゃあ、僕がここに来た理由は……」
全てを理解した。
あの時思い出せなかったのも、そのせいだと。
露伴はこの世界を知っていた。それは自分の書いた世界だからだ。
途中で、描くことをやめた。
『そう言う事だよ、露伴』
『ごめんね』
最後にヘッドフォンの声は、ヨシノの声に変っていた。
※
「これか……」
埃かぶったノート。昔の話しすぎて、原稿用紙には書いていないような漫画。
物語の内容も覚えていないような漫画の中身を読む。
『変わりない日々を幼馴染と過ごしていたら、突然ラジオのニュースから今日地球が終わるニュースを聞く。信じられないといった幼馴染のヨシノがヘッドフォンをすると、聞き覚えのある声が丘に向かえと言った。それを主人公に渡すと、それがまぎれもない主人公の声だとわかる』
走って丘に向くところまで描かれ、そこからはなにも描かれていなかった。。
露伴は描かれていないページに、続きを書き始めた。
昔と今では絵が変わっていて、かなり浮いているのがわかる。
「……あんな事があったから描くわけじゃないからな。」
――ヘッドフォンアクター
song by IA
「ヨシノの為でもない、ただ自分で完結させたくなっただけだ。」
誰も居ない室内、すべてが描き終えたコマの中には笑顔のヨシノがいた。
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