Gの章 目が覚めると、さっきまでいた部屋と内装は同じだけれど違う部屋にいた。書斎のような家具の配置だ。視界もずいぶん違っている。この身長の人いたっけ? みんな150cm以上だった気がするけれど。 目の前には、マスター代理が立っていた。 「知奈様。あなたはマスターと入れ替わりました」 「えっ、マスターと?」 1文なのに話に全くついていけない。マスターって誰? 何をしてる人なの? 私は何をすればいいの? 「知奈様にわかりやすく説明しますと、マスターは神の仕事をしています。ですので、今後は知奈様には神の仕事を引き継いでいただければと思います」 神? 神様? 一気に記憶が押し寄せてくる。私の頭では整理が追いつかないが、神の頭脳は少しずつ理解をはじめた。 マスターは全知全能とされ、日々人々を救うことを目標に努力していたのだが、自殺者が後を絶たないことに心を痛めていた。自分はとても無力で何もできない。命を救うためにできることは何なのかと考えた。せめて自分の問題から逃げ出すことができれば、自殺を選ぶことはないのではないか。自殺志願者を募り、体を入れ替えればそれぞれ幸せになれるのではないか。それが『異人転生計画』。ここまで人類を苦しめてしまったことの罪滅ぼしにマスターも計画に参加する。 今は私の体で出社しているのが神の力を使って見えた。辞表はやはり受理されなかった。また病むまで働いてしまうだろう。それとも魂は神だから病まないのかな。 「それでは、早速ですがお仕事です」 「はあ」 なんとか記憶を使って、仕事内容を把握する。仕事を理由に異人転生に応募したのに、また仕事に苦しめられるとは憂鬱だった。神様も大変だ。 そんなのんきなことを思ってられたのは10秒後くらいで、たくさんの仕事がはじまった。 『片思い相手に告白します』 『彼氏と別れます』 『進路を決めました』 『転職します』 『遺言を書きます』 名前と本人の選択と選択した経緯の書かれた書類が次々と流れてくる。100は平行で処理していく。数えている余裕がないから正確ではないけれど。 神様の仕事は、そこにはんこを押すか突き返すかするだけ。はんこを押したのはそのまま四方八方飛んでいく。本人のところに戻るそうだ。突き返した書類も本人のところへ戻る。時間はその人によるらしいけれど、修正されてまた神様のところに戻ってくるらしい。 休憩も必要ないのは神だからに違いない。神様は人間の選択にはんこを押していくけれど、その経緯の書いてある書類に目を通し他者が必要以上に関与していないかチェックしないと押せない。名前を見れば頭の中にはその人の生まれた時からの経歴がピックアップされて書類を目で追うだけで判断できる。神様は本当にすごい。私はすぐ飽きてしまったけれど、マスターは人間を愛していたそうだから、どの書類も苦ではなかったようだ。 しかし、書類によっては読む度心を痛めたようだ。神様は全知全能だけれど、その人の選択までは変えられない。できるのははんこを押さないことだけ。しかし変えられない選択は何度はんこを押さなくても同じ内容で戻ってきてしまう。 同じ内容で返ってくるのは、『自殺』の内容ばかり。同じ人。突き返せば違う選択をする人もいるそうだが、変えられない選択ははんこが勝手に押されてしまうこともあるらしい。それは神様にも制御がでいないそうだ。 その人達を減らしたくて、異人転生計画をはじめたのも理解できる。 さっき知っている人の名前が目の前を通り過ぎた。私が異人転生計画を応募するきっかけとなった上司。 飲みたくないのに飲み会で飲酒を強要されて断ったら、仕事を押しつけられるようになった。腹が立つからはんこを押さないと思ったけれど、勝手にはんこは押された。どうやら、神様の意志以外でもはんこは動くというのは本当のようだ。余計にいらいらしてきた。書類を読んだけれど、またどうしようもないことを私の体に入ったマスターにさせようとしているらしい。こんなの許してたら過労死してもおかしくない。 俯瞰してみているからだろうか、神様になったからだろうか、もう何でもできるような気がしてきた。自分の名前の書類が手元にくるように念じる。書類ははんこの列に流れていないのに、目の前に広がるよく知っている自分の経歴。 他人の選択には干渉できないのはわかった。じゃあ、自分だったら? 文字通り体験してきた内容を流し読みして、新たにマスターが体験している内容を読む。また上司の言いなりになっているらしい。神様だというのに、こんな奴の言いなりになってるなんて理解できない。可能かわからなかったけれど、思いついたことをやろうとしたら、目の前に私の体があった。神は本当に全知全能だ。 「あれ、知奈さんどうしたんですか?」 声は私だけれど、話し方は全く違う。丁寧でゆっくりだ。 『神様なんだから、上司の言いなりになんてならなくていいのよ』 話し方は私だけれど、声は全く違う。透き通っていて鐘の音のようにどこまでも響き渡る声だ。全人類に聞かれてしまう気がして、恥ずかしくなってくる。 「でも、これは知奈さんの運命ですから。私では変えられないんです」 神様として少し仕事をしただけだけれど、その意味はわかる。でも、魂は私であって、体も私である。だから堂々とマスターに向かって話すことができたのかもしれない。 『上司の不適切な言動の証拠をつけて、書類を社長に提出せよ』 神様に命令するなんて胸を張れるものではないが、おもしろいのが神の声で神のように話すと許される気がする。戸惑っているマスターの様子さえおもしろい。 「困ります。私は知奈さんの運命を全うしなければいけないんですから」 『自分で止めようとしない過労死も自殺と同じだとおもうけれど。だいたい、私が松岡知奈だし』 「確かにそうですけれど」 迷ってるマスターの横を通り過ぎて書類がやってきた。先程の内容が追加されているが、文字にしてみると何だか笑えた。私は強い意志をもってはんこを押す。 『はんこを押したからその通りに動くように。今までの記憶を使えばすぐに書けるから』 「そんな、私は」 『私は、不幸になるためには生きてないから。今私が変えるって決めたんだからいいの。何なら今ここで体を元に戻して、私が代わりに書いてもいい』 少ししか神様の仕事なんてしてないけれど、マスターが胸を痛めてた理由も少ししかわかってないかもしれないけれど、これだけは言える。 『どう行動すればいいかはわからなくても、人は嫌なことを感じることはできるから。きっかけがあれば変えて幸せになれるはず。マスターが思ってるよりも人は選択できるんじゃないかな』 私達にとっては、参加したみんなにとっても、きっかけはこの異人転生計画。 きっかけはきっと本当は、どれだけ時間がかかったとしても、誰かと入れ替わるまでもなく見つけなくてはいけなかったんだろう。だけれど、私達にはこれでよかったんだ。 「良い選択できなかった人達はどうなるのですか?」 『それは、環境とか経験とかで変えられないこともあるけれど、ギリギリで気づく人もいるから』 マスターの脳内に、自殺しようとしてやめようとした人達を映す。 『それに、私達にはどうしようもできないこともあるんじゃないかな。全て思い通りになるわけではないと思うんだ。決めるのはその人自身だから』 たとえ全知全能の神でさえも、手のひらのはんこさえ止められないのだから。 『しかたない、なんて諦めるわけじゃないけれど、私達は、私達にできることをしよう。書類をよく読んで、可能な限り考え直してほしい選択には、はんこを押さないようにしよう』 たとえ、それしかできないとしても、それを精一杯やることで救えるものはきっとある。 『それにさ、私もそうだけれど神様じゃないから間違えちゃう可能性は私達の方が高いよ。やりたくないけれど何も見ないではんこ押しちゃうかもしれないし、全く押さないかもしれないし』 「それは困ります」 『でしょう。神様じゃなくても、きっとみんな自分にしかできないことがあるんだよ。だから、今回で異人転生計画はおしまい』 「おしまいですか? 私と交換はしない方がいいと思いますが、他の方々はまだ戻りたがっていないのではないですか」 『みんな、もう戻りたがってるよ』 「えっ?」 驚いているマスターの前に異人転生計画に参加した4人の書類を見せる。神様というのは、いくつも平行作業ができるから先程私がはんこを押した。 「彼らにとっても必要なことだったのですね」 『うん。でも、もう必要じゃないってさ』 「そうと決まれば、明日と彼らに連絡を。私は今日は大事な仕事が残っていますので」 『うむ。松岡知奈として最後の仕事を全うするように』 マスターの表情はもう先程までのものとは全く違う。迷いがなくなりすっきりしている。あれが神様の顔なのかもしれない。 証拠の捏造を神の力でする気はないけれど、録音も何もしてないけれど、仕事のメールを遡れば少しはでてくるはずだ。 知奈の体を会社に戻して、私も明日までの仕事をすることにした。 後書き 読んでいただきありがとうございました! Gの章は脳内プロットはできていたのですが、核がどうしてもつながらないこともあり、うちの子のイベントの準備で思うように時間がとれず、思った以上に難航してしまいました! 終章の方が先にできてしまったほどです(笑) それでも2/19当日に心配になりながらも書き進めたら、すぐ書けてしまったのでよかったです* かえって推敲しないと心配になってしまうほどでした! 重いテーマでしたが、私らしく書けてよかったです* 2024.02.19 |