Fの章 ずっと、早く大人になりたかった。 うちが最初に見たものは、黒色のおさげ頭だった。本当はスーツを着てたちなさんがよかったけれど、冬香は次の4月からは社会人になれる。まあいっか。口調は冬香にあわせてみる。『私』なんて久しぶりに言うけれど、とてもしっくりきた。今まで学校で話していた無理していた感じとは違って、それだけで少し気が楽だった。 車に乗って最初にしたことは、おさげをほどくことだった。すぐに後悔した。髪の量が多すぎて、おさげでもしないと邪魔でしかたがない。ろくに美容院も行ってないんじゃないの? 車はどんどん人通りの少ないところを進んでいく。高いビルから1階建ての家ばかりに。その家も遠くに見える1件しかないところで冬香の家に着いた。 「どこ行ってたの? 心配したんだよ!」 おかえりという前に女の人が出てきた。ぎりぎり都市圏のはずだが、標準語に少しなまりがある。冬香の頭の中からお母さんという言葉が出てきた。ついでに心配性で過保護という嬉しくない情報もセット。 「ちょっと買い物に」 「どこまで!」 「だから、スーパーだって!」 「何で」 「歩きで」 「何買った?」 「何にも」 「何にもってことはないやろ」 「だから何にも」 少し怒ったように告げると、それ以上何も返ってこなかった。記憶をたどると冬香は怒ったことがないらしい。よくあんなのに耐えていられる。自分の部屋に入って、記憶どおりであることを確認する。当然高校の制服はないし、部屋は新生活に向けてきれいに片付けられていた。しかし私は知っている。大事なものが引き出しの中に隠されていることを。 冬香の家は農家。冬香は社会人といっても、今までと同じように家の手伝いをして生活する。 家族には言えなかったが、冬香には夢があった。イラストレーターになって都会で生活すること。でも家族のために言わずにあきらめていた。 私は記憶を見た限り、家の手伝いもしたいし、イラストレーターにもなりたいし、どうしていいかわからなくて誰かが代わりに家を守ってほしかったのかな。それで新しい自分は都会でイラストレーターをすることで、なんとか自分を守ろうとしてたのだろう。 私は明日のためにもあるけれど誰とも話したくなくて、夜ご飯も部屋に持ってきてもらって早めに寝たふりをした。なんでも明日はとても早いとか。 次の日は、太陽が昇るよりも早く起きた。自分でもよくこんな寒いのに起きられたと思う。冬香の体だからかもしれない。 農作業は思ったより楽しかった。単純作業だからか何も考えずにすんで気持ちが良かった。続けてたら飽きるのかな? だけれど、昨日のこともあってひっきりなしに話しかけられる。少なくとも話しかけないでほしかった。他人とは思われないように適当に話を合わせる。冬香は本当にやりたいことを隠してたから複雑な気持ちもあったようだから、私と同じように話してほしくないと思っていたかもしれない。 夕方作業が終わって、家に帰ってきた。ずっと作業していたからすぐ寝てしまいたくなった。正直、またあの家族と会話を続ける気にはならない。 誰よりも母親が口うるさい。私にはずっとお父さんしかいなかったから余計にそう思うのかもしれない。 でも冬香の母親のことは尊敬する。ずっと休み無しで動いている。農作業はもちろん、家事だって家族分あるのに全く手を抜かない。祖父母の分も入っているというのに。 お母さんがいたらこんな感じなのかな。もう亡くなってしまったお母さんのことを考えると、どんなに辛くても、命をムダにすることはどうしてもできなかった。お父さんに心配をかけさせたくなくて、生活を少しも変えることもできなかった。 異人転生なら少なくとも命はムダにはしないんじゃないかと思ったけれど、結局同じことだったかもしれない。 小さい頃から向き合っているから悲しい気持ちはそこまでなくて、ただ会いたいという気持ちが強くて。でも自分の体をすててまで生きようとしている自分のことは知られたくなかった。 気分を変えるために、昨日は開けなかった引き出しを開ける。中にはずいぶん捨ててしまったようだけれど、冬香が描いた絵が数枚残っていた。やはりなかなかうまい。私も記憶の力をかりながら描いてみたけれど、ここまでうまくは描けなかった。やはり、才能だ。私にはこの夢は叶えられそうにないからこのまましまっておこう。 夕飯だと呼ぶ声がした。しかたがないから下へ降りる。私は冬香が大事にしていた分くらいは、家族を大事にしないと。もう私はお母さんには会えないのだから。 がんばってはみたものの、ほぼ夕飯の記憶はない。初めてか久しぶりに食べるものばかり。ほぼ色は茶色だが、だしの味がする。私の好みには合わなかったけれど、話したくなくてできるだけ食べた。 布団に横になると、ふと冬香の名前の由来が気になった。私はそれでいじめられていたから敏感なところもあるのかもしれない。 冬の香りって雪だろ。ここは雪降らないから寒さかな。私には好きにはなれそうにない香りだ。 私にはこの生活は好きになれそうにもない。大人になれば生きていくことが少しは楽しめると思ってたんだけれど。何も気にしないで自由に生きられると思っていたんだけれど。 でも、学校の環境から開放されるなら心地よかった。私、なにやりたいんだろう。ここまで何かやりたいっておもえること見つけられるかな? 飲み物を飲みたくなって台所へ向かうと、冬香の父親と母親の声がした。私はそっと物陰に隠れて会話を聞く。母親が先に話してるのに対して、父親が返しているようだ。 「あの子、ここ数日変なのよ。やっぱり私達から冬香の専門学校について話した方がよかったんじゃないかしら」 「いや、本人が言わないっていうことは、言いたくないってことかもしれない」 「だって、あんなにごみ袋に入れて捨てようとしてたのよ。どれもうまくて私全部広げてしまったわ」 「確かに、絵はうまい。でも都会で何か危ないことがあったら」 「そうなのよね……」 私はそこまで聞くと、部屋に逃げこんだ。どいつもこいつもバカじゃないの? 冬香も隠そうとか捨てようとかしてるけれど、全部バレてるよ。父親も母親もそこまで思いつめてるの知ってるなら声かけてやれよ。無関係な私が知ってからじゃ遅いんだよ! 都会に行かないと絵って描けないの? 専門学校に行かないとダメなの? こんなにうまい絵をたくさん描いてるじゃん。それだけじゃダメなの? どいつもこいつも大事なことは言わないなんて、頭おかしいんじゃないの? こんなにお互い大事にしてるのに、こんな近くにいて会えるのに、何でみんなが幸せになれないの? 叶えたいことがある人の体をかりていていいわけがない。自分の夢くらい自分で叶えろ。はじめる前から諦めるな。何よりも、現代の情報網をナメるな! 引き出しから絵を描くのに使っていた紙を引っぱりだす。片っ端からイラストレーターの通信教育、勉強方法を調べてブックマークにして、メモしておく。大事な画材を通販での購入方法も。ついでにヘアアレンジもメモしておく。 体をかりてしまったから、かえしてから役立ててほしい。何より、会えるんだから家族に会え! そんなことばかりしていたら、学校での記憶が蘇ってきた。今度は恐怖や悲しみではなく、怒りだ。何も知らないくせに、攻撃しやすいからって安全圏から攻撃しやがって。私はそんなものに負けない。絶対、幸せになってやる。私のお父さんもお母さんもそう望んでいるはずだ。そこまでいくと急に泣きたくなってきた。 気持ちを抑えて携帯電話を開く。もう、私は取り返しのないことをしてしまったかもしれない。でも、あきらめるわけにはいかない。 一番上の番号に電話をかける。冬香が望むなら譲る、いや説得してみせる。こんなに絵がうまいし優しいんだから全部の夢を叶える方法を見つけたからなんとかしてみろ、と。 2回目のマスター代理への電話も、やっぱり涙をこらえた声だったかもしれない。 後書き 読んでいただきありがとうございました! Fの章は冬香のお母さんの方言に迷い、ここまで書けずにいました…… それだけではなく、下書きを5年後再開しても冬香がなぜ異人転生を選んだのか、恵理子がどうやって元の人生を選ぶのか埋められずにいました。 でも数日おいてみたら、それが埋まるエピソードを足せたので、ここまでかかってよかったとも思いました* 3000字もこしたので、書きたいだけ書けてよかったです* 創作開始20周年で完結させようと意気ごんでいますが、もう1ヶ月をきっていて! あとはプロットはできてるので、1週間に1章ずつ書けば終わる計算です! それを達成するために、久しぶりに夜10分だけ創作をしようとしているのですが、10分で終わるわけもなく(笑) 結局30分くらい創作してます(笑) この感じも久しぶりで、創作開始記念に向けてこうやって少しずつ準備してるのも学生ぶりでとても幸せです* 時間をつくってくれる旦那さんと育てやすいうちの子には感謝です* 2024.01.22 |