誰も知らないつの物語


千手眼

 この場だから、告白しよう。


 私には、人の考えていることが分かる。その人がこれから何をするか分かる。そう、簡単にいえば、人の未来が分かるのだ。これは思い上がりでも何でもない。事実だ。私の視界には、未来のことが鮮明に映像として映し出される。そして、それが違えることはない。

 その感覚は歳を重ねるごとに磨かれていって、遂には知り合いだけでなく出会って数秒見た人ならば、容易く見通せるようになってしまった。道で出会えばこれからその人がどこに行くかも分かるし、買い物で出会えば何を買おうとしているかも分かる。それが仕草からなのか、話し方からなのか、それははっきりと私にさえ分からない。軽く超能力じみたもののようだと捉えるしか他になかった。


 私は、この特性のことを「千手眼」と呼んでいる。遠くのことや隠れているものは見通せないから「千里眼」とは呼びがたいが、相手の考えることやそこから何をしようしているかは見通せる。だから、「千手眼」。


 小さい頃、まあ中学生くらいまではまだその特性に気づかず、周りの人にこのことを人に話していた。聞いた人は私を馬鹿にするか、考えすぎだと言うか、早い話、信じなかった。次第に私は誰にもこのことを話さなくなったが、話しても気味悪がられるだけだということが分かってきたので、自分から話すことはなくなった。


 さらに、私は人との会話の必要性を感じなくなった。誰が何を言うかはもう分かっているのだから、言葉を交わすことに何の意味も感じない。そしてそれはとても疲れることなのだから、私が避けることでもあった。

 だが、職場ではそうはいかない。会話をしなければならないときがやって来る。そうしなくてもいいのだが、なるべく自分の居心地をよくするために、いや自分に害が及ばないようにするには、会話をするしかない。


 しかし、私の会話というものは、こんなものだ。

「おはようございます。今日はいい天気ですね」

 と、話かけられたとしよう。普通の人は、『そうですね』だとかこの時期だと『暖かくていいですね』とか言うのだろう。あるいは、そう言ってほしいのだろう。だけれど、私の場合は、

「明日は雨が降りますね」


 そんなことは天気予報でもいっていないのに、私のその言葉は当たるのだ。だが、そんなことはその場で他人に分かるはずもない。変な顔をされて会話を終わらせられてしまう。次の日になる頃には、私の言葉など忘れているのだ。


 そもそも、周りの人々も私と会話したいわけではない。当然、その辺の人も。ただ、自分の居場所を居心地よくするためにそうしているだけだ。自分のため。自分の望まない回答が戻ってくれば、その場は愛想笑い。特に深く追求しない。合わない人と会話するほど神経をつかうものでもないし、必要性を感じない。いや、どうでもいい。

 私も同意見であるから、悪くは思わないが、それがひどく気持ち悪くて、視界に目眩や立ちくらみを意味する黒い渦が見えることが多くなってきた。


 仕方がないから、私は他人に合わせることにした。でも私にとってはそれは難しいことで、絶対に反応が遅れてしまう。それは他人からするとひどく不思議なことらしく、やはり敬遠されてしまうのであった。しかしそんなものは次第にどうでもよくなった。仕事は覚えたし、他人の仕事まで手伝ってやれば、悪くは思われないことを学んだこともある。



 そんなある日、背の高い新人の男の子が入ってきた。歳は私より2つ下だ。 歳が近いため新人教育係に任命された私によく懐く、話しかけづらい異性の年上にもおおらかに話しかける人当たりのよい人間だった。私が発する言葉も全て肯定的に受け止めてくれる。


「へぇー、天然なんですね」


 訂正するのも面倒であったので、私はそのまま仕事を一緒にした。私も彼と一緒にいるのは気が楽で、何を言っても天然と笑ってもらえた。

 私の特性が、甘酸っぱいものがはじまると予告していたが、私はそれを信じられなかった。でも、彼と一緒にいられるのであれば、それはそれで楽しい気がした。彼も、きっと、一種の超能力者なのだ。それも、人から愛される。彼といれば、私も何か何かの役に立つ能力の使い方をできるかもしれない。


 今年の春は暖かく、4月を迎える前に桜が満開を迎えていた。間もなく、彼と会ってから1年が過ぎようとしていた。仕事も随分覚えたし、持ち前の性格で人気もある。もう私がいなくても大丈夫だろう。

 桜の花が散り始めていくのを眺めながら、私は自分の目に映っている未来ではなく、雨はしばらく降らないという天気予報を信じたくなった。



後書き

読んでいただきありがとうございました!!

今回は創作開始14周年ということで……
本当は、これまでいただいたリクエストを全部書いてみる予定だったのですが、最近思っていることを童話風に(そんな童話でもないのですが)書きたいなということで書いてみました*

この『千手眼』は「千里眼」を意識して書いたというよりは、こんな能力があったら、こう名付けようという後付のものです。
でも、分かりやすい名前になったなと思いました。

ずっと仕事が多忙で書けない日々を送っていまして、途中まではプロットを仕上げていて、この文章はこのまま「千手眼」の特性を延々と書いて終わりにしようと思っていましたら……
まさかの展開!!!

だから私は文章を書いているのが好きなのです*
(実はまとめるのも一苦労なのかと思いきや、そうでもないのです(笑))
でもここまで明るく化けるのであれば、最後にすればよかったなとも思いました(笑)


将棋とかで無敵だからそれを書いても楽しそうだなと思いましたが……
主人公はあくまで特性を使いたくなくて(というかむしろ嫌っていて)、現実でのずれを感じていてとても生きづらいけれど、何とかして現実を生きていこうとする姿を描きたかったのです。
それでこの先の主人公が自分の特性を受け入れて、生きていけるようになればというところを書きたかったのだということを、私もここまできて気づきました。


本当にサイトで文章を書くのが久しぶりすぎて、タグも分からないし、背景の設定も忘れてるしとトラブル続出でしたが、とりあえず、完成してよかったです。

他の文章も、週末に1つは公開できたらと思います*





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