short novel

名もなき自由




 逃げろ! 逃げろ!


 頭の中で何層にもなって、警報のようにその言葉が鳴り響いている。


 そう、任務を失敗した俺に、もう生きていることなど許されないのだから。



 足元はぬかるんでいたが、俺はそのぬかるみで足がすべりそうになることさえも、前へ進むための原動力へ変えていた。





 しかたがなかった。


 いくら任務とはいえ、あんな小さい少女を手にかけることなどできなかった。



 いや、したくなかった。だから、こうなることも分かっていたけれどあの少女を敵国へ送り届けたのだ。




『お兄ちゃん、大丈夫?』


 敵国に入る前に、少女が俺に言った言葉を思い出した。自分を殺そうとした相手を気にかけるなんて変な奴だと思った。


 だがそれは、もうこれからは命を狙われることがないという安心感からだったかもしれない。




「ロク!」



 聞きなれた声がした。


 しかし俺は、振り向くことも、立ち止まることもしなかった。




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