short novel

それぞれの守りたいものは矛盾する




「思い出なんてないけれどね」

「そうだね。だから、これからのことを」

「死んだ後のことなんて考えてもしかたないんじゃない?」

「死んだことなんて話したくない。貴女と話したいのは、これから生きること」

「生きる?」


 この先、彼は本当に生きていけると本気で思っているのだろうか。外にはそれぞれの仲間だったはずのものたちが控えているし、裏切り者には死が与えられる。


「敏いね」


 彼は彼女から言いたいことをよみとって、手を差し伸べた。


「だから、これから生きることの話をしよう」



 彼女は彼に手を伸ばそうとして、その手を途中で止めた。暗くて分らないが不思議そうな顔をしているだろう彼に、彼女は言い放った。


「じゃあ、1つ。私をかばったりしたら殺してやる」

「奇遇だね。俺も同じことを言おうと思っていた」


 彼女は今だったら良い未来を信じてみたいと思って、次の言葉を口にする。


「私を殺せるの?」

「それ、そっくりそのまま返そう」


 そう言って2人は小さく笑った。


「あと何分ある?」

「あと、3分くらい」

「じゃあ戦う算段でも立てましょうか」

「そうだね」



 彼女は彼が分っていると思って口にしなかった。

 境遇が似ているということを理解して、和解できたかと思われたが、まだ矛盾している。

 今まで救いたかったものが救えたわけでもないどころか、救いたかったものはおそらくこれからも救うことができないだろう。

 それは彼も彼女も承知していることであった。彼らはそれでも前に進むことを選んだ。


 だが、彼らはまだ矛盾を越えられない。



 逃げるための算段という名の、戦うための戦略を立てながら、2人は静かにしかし確かにその矛盾を感じていた。それが彼らの未来を支えていた。



 数分後、彼らは答えを世界に告げる前に、手を握り合った。


「最初に言ったこと覚えてる?」

「俺を殺せないくせに」

「そうよ。貴方を殺させない。言っている意味は分かるわね?」


 彼は彼女の手を強く握ってその言葉に応えた。


「俺も同じだから」

「さあ、どちらの覚悟が上かしら」


 彼女は苦笑して、彼の手を強く握り返した。



 それから数十秒後、1発の銃声が彼らの新たなはじまりへの答えだった。





それぞれの守りたいものは矛盾する
それこそが互いに生きるための支え




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