short novel

それぞれの守りたいものは矛盾する







「……何で?」


 彼女の視界が滲む。手から銃が落ちた。膝裏を何かで殴られたように、彼女は床に両膝をついた。


「間違っているわ。殺されるのは私の方よ」



『だから、早く殺して』


 彼女は切実にその声が彼に届いていないことを祈った。届いたとしたら、それはさぞかし情けない声であっただろう。


 彼はゆっくりと彼女に近づいた。


 本当は、彼女には分っていた。彼女に彼を殺すことはできない。だからせめて、彼がつまらぬ罪悪感など持たぬように銃をつきつけていたのに。

 彼女は銃をつきつければ、さすがに彼が自分の身を守ろうとするだろうと思っていたが、それは大きな間違いだった。


「貴女を殺すことはできない。だってその中にあるのは」


 彼が全て言い終わる前に、彼女は言葉を重ねた。


「あなただって銃を持ってきていないからお互い様じゃない」


 彼女はやっと少し顔を綻ばせた。



 出会った場所も同じ。立場も境遇も同じ。考えていることも同じ。望むことも守りたいものも。


 それなのに、なぜ、他国ということだけでここまで争わなければならない。なぜ。


 それを、誰かは運命と呼ぶのだろうか。





「10分だけでいい。貴女と話がしたかったんだ」





 ならば、ここでこの状況で笑いあえることを、私たちの運命と呼ぼう。


 彼女は心の中だけで誓った。





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