short novel

かわいらしく、ブルー





「あの絵、もらってもいい?」


 私は気がつけば、そう言っていた。優美はみかんの皮をむきおわって、白いすじをとっていた手を止めて私を見た。

 思った通り、いつも通り、そこには等間隔の星のような花形が広がっていた。


「もともと麻子のでしょう?」


 優美は微笑みながらも、みかんのすじをとる作業に戻っていく。


「でも残念だな。私、あの絵好きなのに」


 やっぱりこの人は、第一印象と変わらず、変わった人なのかもしれない。それがいいけれど。


「でも急にそんなこと言うなんてどうしたの?」

「いつか先生になったとき、その絵を美術室に飾るの」

「うん、『呪いの伝説』が生まれるね」

「そうだね。もしかしたら、そっちの意味で有名になるかも」


 子どもたちが『呪われる』と言ったり、騒いで逃げたり、床に這いつくばりだしたりするのを思い浮かべたら、私も笑いがこみ上げてきた。



「それでもいいよ。それはそれで、自分の中のものについて考える機会になるかもしれない」

「麻子先生は何を教えたいのかしら」


 優美イラストレーターはそう言って、みかんを1つ口に放りこんだ。優美は白いすじを全てきれいにとるまで食べないから、私はずいぶん長い間回想していたのかもしれない。



「私たちには、このぐらい苦しむことがあるって、そのぐらい空しさを感じることもあるっていうこと。それは友達にも恋人にも家族にも誰にも埋められないけれど、逃げられないっていうこと。
そして、そこからいつかは立ち直って前に進めるということも」

「うん」


 優美はやっと2つめのみかんを口に放りこんだ。


「本当の希望を教えることができるのは、本当の絶望を知っている人かもしれない」

「そんな大それたことじゃないよ」


 そう、私はそんなことは望んでいない。だって結局は、人は全て自分で感じたことしか感じることはできないのだから。

 そして多くの人たちは、多くの時間を自分のことの中でしか使わないのだから。


 そんなことを言う代わりに、私は違う言葉を口にする。


「私は教えたいんじゃないよ。
私はその苦しみを経験したことがあるのは、1人だけじゃないって伝えられるかもしれないと思っているだけ」

「未来は他にも可能性があることを思い出せるように」

「そうだね」


 私もやっとみかんを食べる気になって、1つ口に放りこんだ。





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