short novel

かわいらしく、ブルー





 ここまで回想が長くなってしまったのも、私がその絵を思い出したくないからだ。正確にいえば、当時の私のことを。

 理由は今では恥ずかしいからだが、つい最近まではそれほどまでに私は自分の無力なことが、脆弱なことが、愚かなことが憎かった。憎くて憎くてしかたがなかった。



 私がそのとき描いた絵は、紙一面が1色で塗られていた。その色は、青でも紺でもなく、一切の青という色を含んでいない、真っ黒だった。さらには白い余白なんて1ミリも許さないという意志の塗り方。

 色むらもすごいもので、正面から見ても表面の凹凸が見てとれた。


 そのときどのような塗り方をしたか私は覚えていないけれど、誰が見ても投げやりに塗ったのは明らかだった。



 私は、何かを表現するのが好きだった。

 そのときだけは、誰かの望んだように生きなくても、誰かに合わせて生きなくてもよかったから。



『私は、この絵好きだなぁ』


 後に大学時代のかけがえのない友人となる優美は、クラスの隅っこのキャンバスまでわざわざやってきてそう言った。

 第一印象は、変わった人。理由を尋ねてみれば、その変わった人はキャンバスから目をそらさないまま言ったのだった。


『だって、全ての色が混ざっているから。まさにこの絵は今の私たちだよね』



 その言葉の意味が分かるのは、それから1年後。


 そのとき優美になぜそれが分かったのか聞くと、私のパレットが周りを中心にキャンバスと同じ色だったからと答えた。そこは本来、いろいろな色が出され、混ぜるために色を出しておく場所だ。


 ただ黒を塗りたいのであれば、そのままキャンバスに黒を塗りたくればいい。たとえパレットに黒一色を出したとしても、パレットの広いところを使えばいい。わざわざはじっこを中心に使わなくたっていいはずだ。



 そうなると、答えは1つ。私は気づいていなかったが、パレットに全ての色を出してからそれらを全て混ぜてその『青』を創ったのだ。


 確かにそう言われてみれば、黒の絵の具だけが減っていたわけではなかった。おかげで私は入学早々新しい絵の具を一式買うことになる。

 それによく見てみると、そこにはコバルトブルーもモスグリーンもクリムゾンもインディゴもブライト・ゴールドも見ることができた。


 絵の具を混ぜるときも、どうやら私はむらがあるように混ぜたらしい。



 私たちは周りの大人からは「黒」としか見えず、同世代のその他大勢には「混沌」としか見えないその絵を『青』と名付けた。





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