short novel

かわいらしく、ブルー




「そうかもしれないね」


 私も机のかごからみかんを1つ取り出して皮をむく。『もう少しで引っ越ししなくちゃいけないのに、親戚がみかんを送ってきてくれたの』という優美の数日前の嘆きが頭に蘇る。


「何か言いたいことあるでしょ、麻子」


 普段のんびりしているくせに、この鋭さはどこからやってくるんだろう。特に私のことに対しては私なんか相手にはならないのは当然のこと、無敵だ。

 最初の頃は私をじっと見つめていたり、俯いて考えているだけだったけれど、付き合っていくうちに遠慮なく聞かなければ、私は言うことはないということを、優美は知っている。


「うん。もったいないなと思って」

「もったいない?」

「せっかくのモノクロ映画なのに、同じ色しか見つけられないのが。
私は優美の青い空の絵が綺麗だとは思うけれど、あれだけ空を綺麗に描けるなら、きっと夕焼けだって綺麗に描ける」


 優美はみかんの皮をむく手を止めた。いつも通り等間隔の星のような花の形は、未完成ながらも美しい完成形を伺わせた。


「ずっと一緒にいるんだったら、いろんな可能性とか新しいものに出会いたい。だったら逆の色を思い浮かべる人と共に生きていきたい。ちょうど色相環みたいに」


 色相環の勉強をしたのは、1年生の最初の頃の講義だったけれど、優美もまだ覚えているはずだ。


「麻子らしいね」


 優美は苦笑して言った。

 もしかしたら、私が色相環を一瞬で暗記して先生を驚かせたことを思い出したのかもしれない。そういえば、優美はテストでも間違って先生に苦笑されていたっけ。


「私、麻子の描いた入学して最初の『青』が1番好き」

「あぁ、課題が”青”の時のね」


 私は思わず苦笑した。あの絵か。そういえば、あの絵のことも卒業式までに片付けておきたかった。



 あの絵だけは、私の家ではなく大学時代の間だけの仮暮らしのこの場所にある。

 優美だけがあの絵の本当の意味を見つけて愛してくれているのだから、そこにあるのがいい。そんなことを考える前に、捨てようとする前に強引に優美がここに匿ってしまったというのが真相だが。

 後に、私はそのことに感謝することになるが、当時はなぜ好んで置いておくのか理解することはできなかった。



 家族にもあんな絵は見せられない。下手という意味でももちろん、いろんな意味でひどいとしか言いようがないから。





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