short novel

憧憬




「大切なものって?」

「とりあえず、そちらに掛けて。ペオもどうぞ」


 セリアはアンネが座ってから、アンネの傍に寄って、白く細く長い指でアンネの頬に触れる。


「ひどい隈ですね。何日ちゃんと眠っていないの?」

「その、テスト前で、勉強していて」

「アンネ、責めているわけではないのよ。でも、私は悲しいわ。なぜなら、あなたが自分のことを大事にしてないから」


 アンネはサリアの目に涙が浮かんでいることに気づいた。


「いい?人を幸せにしようとする人は、人を不幸にしてはいけません。でもそれは、人に迷惑をかけてはいけないということではないの。
自分を大切にできない人は、人を悲しませるわ。そういう人は人を幸せにはできないのよ。どんなに優れた魔法使いでもね」


 サリアは自分の涙は拭わず、アンネの涙を拭う。


「逆に自分を大切にできる人は、自分を大切に思ってくれる人を幸せにできるわ。あなたが魔法を学ぶ上で欠けている事よ。よく覚えていて」

「……はい」


 サリアはそれだけ言うと、身を翻した。


「最終テストの件は聞いています。焦ることはないですよ。あなたは勉強をいつも頑張っていることもありますが……」


 机に戻りきる前に、サリアは振り向く。


「すでに何年も前から、あなたは素敵な魔法使いですからね」


 アンネはその意味が分からなかった。


「さて、あなたを落第させるわけにはいきませんからね。補習をしましょうか。そのためにペオに連れてきてもらったのですから」





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