short novel

alter Ego




 気がついたら、瞼に白い光が映っていた。意識が朦朧としたまま彼女が目を開けると、太陽が世界を照らしていた。

――今日も、間に合わなかった、か。


 彼女はぼんやりと重い上半身を起こし、空を仰いだ。太陽が彼女に会いに来た以上、彼女には、行かなければならない場所があった。





「また散歩?」

「うん。朝の空気は澄んでいてきれいなの」


 彼女が自宅に戻ると、青年の声がした。いつものように彼は彼女の手をとって、頬に口づける。

 彼は恋人である彼女の行動を全く疑わない。

 彼女が毎日なぜ朝に帰ってくるのか、彼は理由を知らないのに。何事もなかったかのように可憐に微笑む彼女の裏側にあるものを何も聞こうとしなかった。


 彼女はその青年と、婚約しているはずだった。しかしいつ結婚するかは未定のままだ。

 彼女は、不可解な行動をしても愛し続けてくれる彼に感謝しなければならなかった。だが彼女の内側を占めるものは、それ以上に彼女にとっては差し迫ったものであった。



 大好きだった彼と婚約して同棲するようになって、彼女は望んでいた未来を手に入れたはずだった。


 しかしそこに待っていたのは、違和感だった。それが何なのか、彼女には見つけることができない。それ故に、彼女は彼との結婚を未だに決定できない。





 その違和感の正体が彼女の中に顕在化したのは、彼女は友人の提案で久しぶりにオペラを見たことがきっかけだった。


 そこで開演していた「オペラ座の怪人」が彼女の胸に大きく残り、その興奮が冷めないうちに帰ろうとした時だった。



 男性の美しい歌声が聞こえた。堂々としていて落ち着きがあるのに、優しくてやわらかい。





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