short novel

Not To Run Down



「みっともないなんて思っていない」


 泣き疲れて目を閉じようとしていた彼女に、彼はそっと囁く。彼女はその声に瞼をもう一度持ち上げた。


「愛おしいとしか思わない」

「こんなところで這いつくばっているのに?」

「ここにいるために進もうとしてきたわけではないだろ?今の自分もまだ進もうとしているよ」

「そうだけれど……。私はもう、進めないかもしれない」

「そしたら、また会いに来るよ」


 彼女は一瞬、彼に会いたいからまたこうしておちてこようかという考えが過ぎった。


「ねぇ、あなたは私がおちている時しか会いに来てくれないの?」

「まさか」

「私が必要としている時にも会いに来てよ」

「時が来たら」


 彼らしい答えに彼女は、暗闇の中微笑んだ。


「じゃあ、それまでは会わないようにするわ」

「おそらくそうなるだろうね。君はどんどん上に行くから」



『”愛してる”はその時にね』



「それ、言っているようなものだけれど」


 彼女が顔を赤らめると、彼は笑った。


「言っているように言ったんだから、そうだろうね」

「全く……」


 急に彼女は目眩に似た感覚に襲われた。目の前の月光と彼の発する光によって作られた陰影がどんどん色を失っていく。


「時間切れだ。またね……」


 最後に彼女の名前を呼んだ彼の声は、もう彼女には届いていなかった。




 翌日、彼女が目を覚ますと、毎朝見ている天井が視界に映った。



Not To Run Down
誰もおちるために進もうとしない




5/6

prev/next



- ナノ -