short novel

Not To Run Down




「見てるだけで足りると思う?」


 彼女が遠回しに本音を言ったが、彼は何も変わらなかった。


「まさか。君が再び立ち上がるまで見ているよ」


 『そういう問題じゃないんだけれど』と言いたいのをこらえて、彼女は彼から目をそらした。

 彼はよほど鈍いのか、それとも無知なのか。彼女には判断できなかった。ただ、彼はふざけているわけでも、嘘をついているわけでもないのだろう。


「だから、わざわざ私がおちてるのを見に来ないでって!」


 救ってくれないのならば、せめてつかの間の気休めか休息を与えてほしかった。明日はまた、朝早くから戦いに外に出なくてはいけないのだから。

 正しいことしか言わないのならば、せめて私が本当に望んでいるものと近いものをくれればいいのに。



 彼は彼女のそんな焦燥に気づいてか、気づかないままか、彼女の頭に手を伸ばした。


「ふっ……」


 彼に不意を突かれて、暗闇の中に彼女の抑えきれない慟哭が小さく聞こえた。彼は動揺することなく彼女を見下ろしていた。


「……やめてよ!」

「やめない」

「だから、やめてってば!!」


 安堵している自分がいることに気づきたくなくて彼女が叫んでも、彼は全く意に介さない。逆に彼女が叫べば叫ぶほどやわらかく微笑する。


「やめないよ」


 微笑と共にやわかくなっていく声に、彼女は徐々に抵抗を弱めていった。





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