short novel

Not To Run Down




 水を飲みに台所まで来たことは覚えている。確か、そう、うなされてほとんど眠れなかったのだ。


 彼女が一番最初に思い出したことはそのことだった。


 それから視界がはっきりしてくると、ほとんど真っ暗なことに気づいて、まだ夜であることを知らされる。月光を受けて、見慣れたものの輪郭が白っぽく光っている。

 そのことから彼女が推測した結果、どうやらまだ台所にいるようだ。ちょうど真上に蛍光灯があることから、仰向けで倒れているらしい。


 ゆっくりと彼女が体を起こそうとすれば、目の前と頭の中をぼんやりとした黒い霧が覆う。彼女はあきらめて、蛍光灯を見上げるしかなかった。

 幸い、どのように倒れたかは知らないが痛みは全く残っていなかった。


 立春を過ぎたとはいえ、まだ寒さは床の上に一際強く残っていた。その寒さは、彼女の心までも浸食していくようだった。



 地に這いつくばっている。今の自分の現状になかなかお似合いではないか。


 彼女は自嘲気味に笑う。すると、彼女以外誰もいないはずなのに暗闇を縫って声が届いた。





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